Frankfurt Book Fair 2000.10.18-20
 eBookは深く静かに

 以下のレポートは、「出版ニュース」2000年11月下旬号に掲載された「フランクフルトBFとインターネット出版 =イーブックは深く静かに=」を加筆訂正し、リンクと写真を入れたものです。

イースト株式会社 下川 和男

 10月18日から23日まで、ドイツ、フランクフルトで第52回ブックフェアが開催された。私は、第47回から毎年参加しており、特に48回からの三年間は日本電子出版協会(略称:JEPA)「ワールド・フォント研究委員会」の責任者として、ユニコードや漢字処理を世界の出版社に紹介するための「ワールド・フォントCD-ROM」を配布した。

 ワールド・フォントCDは、世界の文字のミニマム・セットであるユニコードに含まれている中国、台湾、韓国、日本の20,902文字の漢字フォントや、日本の漢字を90,000文字も収集した「今昔文字鏡」プロジェクトの漢字フォント、そしてインターネット・エクスプローラなどのブラウザーに対応した各国の文字フォントを納めたCD-ROMである。4000枚を日本から持ち込み配布したが、毎年、最初の三日間でなくなるほど好評であった。

 なぜ、三年間で止めてしまったかというと、インターネットの普及によって、CD-ROMで提供していた各種のフォント関連情報やフォントデータが簡単にダウンロード可能となり、配布する意味がなくなったからである。

広い会場内にはシャトルバスも9号館の案内板広大な8館(英米語) 左はHarper Collins

今年のブックフェア
 ブックフェアは、幕張メッセの数倍規模の巨大な会場に、世界107ヶ国、6,887社の出版社を集めて今年も開催された。参加者は30万人、内1万人が出版ジャーナリストとのことで、マスコミも大いに注目している。会期中、ドイツのZDFなどの放送局は連日ニュースで取り上げていたし、会場内のスタジオから著名人のインタビュー番組などを放送していた。

 会場は、小説(5.1)、ノンフィクション(5.0)、学術書(4.2)、美術書(3.1、4.1)、旅行書(5.0)、児童書(6.2)、エレクトリック・メディア(4.0)、英語圏の出版社(8.0)、世界の出版社(9.0、9.1)などにジャンル分けされている。( )内の数字は展示会場の建物番号とフロアー番号である。

 参加出版社や参加者は毎年着実に増加しているが、日本の出版社の参加は減少傾向にある。9.1館ある日本の出版社ブースは今年も、韓国や中国の出版社に侵食されている。

日本の出版社コーナー講談社ブース中国の出版社コーナー

 また、8.0館の米英の巨大出版社もグループ化が進み、持ち株会社、出版グループ、出版社、出版ブランドという四層構造となっている。写真の通り、カラーブックスで有名なDKもピアソンの傘下に入ったし、キュー(Que)、サムス(Sam's)、シスコ・プレス(cisco Press)などのコンピュータ書籍のブランドも、ピアソン・グループマクミランUSAが所有している。

DKもピアソンの傘下にピアソンエデュケーションピアソンのコンピュータ系出版物

エレクトリック・メディア
 4.0館の入口にはマイクロソフト社の出版部門であるマイクロソフト・プレスが大きなブースを持ち、その先には、マイクロソフト・リーダーが単独のブースを持っていた。入口右手には、インターネット書店のBuch.deが陣取り、その先にはRCAの新製品である二種類の読書端末が並んでいる。

Buch.deブースのSmartBuch.deのキオスク端末エレクトリック・メディアの共同ブース

 冒頭でご紹介したワールド・フォントCDと同様、CD-ROMの展示は衰退し、インターネット上のサービスや、オンデマンド出版、インターネット書店などが増えている。
 インターネット書店は、昨年のブックフェアでデビューした、BOLがものすごい宣伝を行っていた。DB(ドイツ鉄道)のフランクフルト中央駅や、地下鉄のホームに一畳ほどの大きなシールが貼ってあり、新しい広告手段で人目を引いていた。ユーロッパにはアマゾンも進出しており、競争が烈しくなっているようだ。

 また、4.0館にはインターネット上で英語教育を行う、グローバル・イングリッシュがブースを出していた。グローバル・イングリッシュは、全くのインターネット・ベンチャー企業で、旧来の出版社というカテゴリーには入らない会社だが、新興のインターネット出版として気を吐いている。

グローバル・イングリッシュ中央駅のBOL広告Unix系書籍のオライリー

RCAの読書端末
 初日の夜、りんご酒をたらふく飲んで、フランクフルト近郊、マインツ駅前のホテルに帰り、テレビをつけたら、ブックフェアのニュースでRCAの読書端末を特集していた。

 RCAが米国で販売を開始した二種類の読書端末は、ロケット・ブックとソフト・ブックの後継製品ということで、二年間の販売実績と5000冊以上のeBookの品揃えで、前評判も上々である。この二社はシリコンバレーのベンチャー企業だが、今年二月にGコード予約で有名なジェムスター社がオーナーとなり、ビデオデッキで同社と関係の深いRCAがライセンス生産し販売している。

 二年前に発表されたロケット・ブックは、インターネット上のeBook書店に、パソコンを使ってアクセスしてeBookをダウンロードし、パソコンからロケット・ブックへデータを転送するという手間が必要だった。新製品は本体に電話のモジュラージャックが付き、ブラウザー機能も本体に入っているので、直接インターネットをサーフィンして、eBookを購入しダウンロードすることが可能である。

 読書端末本体のメモリーには、10冊程度の本しか入らないので、たくさん購入できないかというと、インターネット上に自分が買った本の書庫が作られ、ここから取り出して読む仕組みとなっている。しかし、個人の書庫がインターネット上に存在するということは、そのサイトの管理者からは蔵書が丸見えとなり、いささか気持ちが悪い。

 逆に出版社側から見ると、すべての読者を把握し、メールアドレスも判るので、読者の反応も得やすいし、新刊案内メールなども無料で送れることになる。

eBookのブースは頻繁にテレビ取材がモノクロの1100カラーの1200(左はカバー)

フランクリンの読書端末
 RCAの読書端末は、カラー版、モノクロ版の二種類があり、A5ファイル・サイズで価格は699ドル、299ドルだが、もっと小さくて安い読書端末も発表された。米国フランクリン社のeBookManという製品で、出荷は11月中旬とのこと。700万台の出荷実績があるパーム・コンピュータと同じ掌に乗る大きさで、シャツのポケットにも「押し込めば」入る。しかも130ドルから230ドルと低価格である。

 電卓、スケジュール管理、住所録、予定表などのPIM(個人情報管理)機能に加えて、MP3音楽ファイルの再生もできるので、お買い得である。
 eBookは、旧型ロケット・ブック同様、パソコンを介してインターネットからダウンロードし、USBポートを使ってeBookManに送り込む方式である。

 eBookの普及には、読書端末の普及が不可欠で、「パソコンで本を読もう」といっても、ノートパソコンを持って寝っころがるのは難しい。RCAのモノクロ版はバッテリー寿命が20時間以上あり、重さも500グラム程度なので、気軽に読書が楽しめる。

マイクロソフト・リーダー
 マイクロソフト・リーダーのブースには、六台のパソコンが置かれ、四台でリーダーのデモが行われていた。残りの一台は、リーダー用のeBook・ファイルを作成するための各種ツールを提供しているオーバードライブ社、もう一台は、XMLを使った著作権管理の仕組み提供している、コンテンツ・ガード社の技術を展示していた。コンテンツ・ガード社はゼロックの子会社で、マイクロソフトも出資しており、XrMLという仕様を策定している著作権管理の最大手企業である。著作権管理は様々な提案がなされており、日本の「本屋さん・シーオー・ジェーピー」も4.0館に出展して、CVSという自社の方式を売り込んでいた。

 マイクロソフト・リーダーはウィンドウズ・パソコンで稼動する英語版の読書ソフトだが、無料でダウンロードできるので、是非、使ってみていただきたい。eBookは、インターネット書店バーンズ・アンド・ノーブルから、1ドルから10ドル程度で購入できる。また、ガリバー旅行記、不思議の国のアリスなど、世界の名作100点が無料でダウンロードできる。

マイクロソフト・リーダーマイクロソフト・プレス本屋さん.co.jp

アドビのグラスブック・リーダー
 4.0館にはDTPやデザイン系ソフトウェアのトップ企業であるアドビ社も出展していた。8月に吸収合併したばかりのグラスブック社の読書ソフト「グラスブック・リーダー」を無償配布していた。グラスブック・リーダーは、日本では馴染みがないが、著明な作家スティーブン・キングがインターネットで公開し、24時間で40万冊がダウンロードされた新作の大半が、このリーダーで読まれて一躍有名になった。

 レイアウト済みの文書をインターネットで配布するための標準フォーマットとなっているPDFをベースにした読書ソフトだが、二頁表示や簡潔なメニュー構成など、パソコン画面での読書に向いた作りとなっている。

フランクフルト・イーブック・アワード
 昨年のフランクフルト・ブックフェアで、このアワードが発表され、一等賞金10万ドル、しかもオリジナル・イーブックが対象ということで話題となった。残念ながら授賞式には参加できなかったが、その後のパーティーに参加した。欧米出版社のお歴々が参加され、場所も歴史的な建造物である旧オペラ座であったが、受賞者はいまひとつであった。今年の話題はすべてスティーブン・キングが提供したが、彼は受賞の意志がないため、日本では無名の二作品が賞金を分け合った。また、技術賞はeBookManが受賞した。

 この受賞式の模様は、イーブック・アワードの公式サイトで公開されている。50分のビデオで、高速回線を使えば、名刺サイズの映像を見ることができる。

会場の旧オペラ座二階のパーティ会場披露宴のホール

サイモン・アンド・シュースターのイーブック
 大手出版社のサイモン・アンド・シュースターが年内にeBookを大量に出版するとの噂があったので、8.0館のブースに行ってみたら、立派なeBookカタログが置いてあった。

 500点以上の年内発売予定のeBookが並んでいるが、その内400点弱がスタートレック・シリーズで、5ドル均一となっている。話題のホラー映画「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」の小説版がeBookオリジナルで登場するなど、話題となっている。

 これらのeBookをどのような読書ソフトや読書端末で読むかというと、前出のマイクロソフト・リーダーやグラスブック・リーダー、RCAの二種類の読書端末ロケット・ブックとソフト・ブックなど六種類の読書環境を用意している。

サイモンアンドシュースターeBookカタログ同じピアソングループのペンギン

マクミランの辞書検索サイト
 辞書系の大手、マクミランは各種のジャンル別辞書のインターネット版を宣伝していた。インターネット上の百科事典検索サービスは、ブリタニカの無料化、日立デジタル平凡社消滅など、苦戦を強いられているが、マクミランは強気である。

 一般的な百科事典は、読者層が不特定多数となり、販売対象が絞れないが、音楽事典美術事典ライフサイエンス事典などは、ホットな市場があり、かつ、どれも20巻以上の膨大な情報なので、最大最強の事典サイトとなっている。

 紙の上では、辞書も小説も印刷され製本されていたが、インターネットの上では、辞書や事典はそのほとんどが、検索サイトに生まれ変わることとなる。辞書という紙の束を売るのではなく、読者の得たい情報を提供するサービス業に辞書・事典出版社は変身しなければならない。
 8.0館には、eBookの制作・販売サイトとしてパーム・コンピュータに対応して急成長している、ネット・ライブラリー社も出展していた。

マクミランRightsCenter.com急成長のNetLibrary

eBookは深く静かに
 4.0館は、昨年と同様の大きさだったが、英語圏の出版社が集まる8.0館にeBook関連企業がたくさん出展していた。その中で、ライツセンター・ドットコムという会社が面白かった。版権の売買をインターネット上で行うという。アイデアは面白いし、このようなB2B系のサイト構築はツールも豊富で容易に行えるが、版権データベースを構築するための、出版社へのマーケティングが難しい。

 今年のフランクフルトは以上のように、eBookを探しまわれば何とか見つかるような状態であった。出展6,887社のうちeBookに少しでも関連していた出版社は、1パーセント程度だったと思う。しかし、これは氷山の一角、それも頂上がほんの少しだけ海上に出現したのである。
 ドイツの巨大出版グループ、ベルテルスマンの活発なインターネットへの取り組みや、ピアソン・グループの動向などを見ると、水面下では、インターネット出版への準備が着々と進んでいる。

 私はeBookを推進する立場なので、2001年は2パーセント、2002年は4パーセント、2003年は8パーセントと指数的に成長し、六年後にはフランクフルト・ブックフェア出展社の半分以上がeBook関連出版社になることを、期待を込めて予想している。

from Nov. 27th 2000 来訪者カウンター
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