Windows HeartBeat #15 (1994年12月)
そろそろ年貢の納めどき

 Chicagoの正式名称が「Windows 95」と発表された。95は1995年、つまり来年のことである。
「Chicago」という開発名称を持つ現行のWindows3.1の次バージョンの正式名称は、Windows4.0と予想されていたが、みごとにマイクロソフトはそれを裏切ってくれた。

 古くからコンピュータ業界にいる人にとっては、年号つきのソフトの代名詞といえばFortranである。言語仕様を策定した年号をつけて、Fortran-77などと呼ばれていた。パソコンの世界でも、10年ほど前にマイクロソフトのFortran-80という製品が存在したが、これは別もので80は当時の主流8ビットマイクロプロセッサZ-80から採ったものである。

 マイクロソフトがソフトウェアの名称に年号をつけるのは、初めてではない。今年8月にはSQL Serverを、サイベース社の製品との混同を防ぐという理由で、次バージョンから「SQL Server 95」に改称すると発表した。また、数年前からCD-ROMタイトルであるMicrosoft Home系の「Microsoft Cinemania」、「Microsoft Bookshelf」などには、年号がついていた。前者は映画、後者は辞書のデータ集なので年鑑的な要素が強く、年号がついても違和感はない。しかし、OSやサーバー製品に年号をつけるというのは、尋常ではない。

 マイクロソフトは10年ほど前にも、ソフトウェア商品名の革命をおこしたことがある。MS-DOS以外のすべての商品に、「Microsoft」を冠したのである。MultiplanはMicrosoft Multiplanとなり、WindowsはMicrosoft Windowsとなった。会社名を頭につけた命名法は、他のソフトハウスも追随し、現在のLotus 1-2-3、Borland C++のように一般的になった。今回の命名法の変更には、もっと深いわけがありそうである。

 マイクロソフトは、Windows 95と命名した理由について、「消費者にWindowsの最新バージョンを簡単に見分けてもらうため」と説明している。マイクロソフトが「消費者」という言葉を使うのは、前述のHomeプロダクト以外では初めてだと思う。いよいよWindowsも消費者などという曖昧模糊とした人々が使う基本ソフトウェアに成長したのである。Windows 95は数年後、テレビや電話と融合した「家庭のOS」や「おもちゃのOS」を狙っているのであろう。

 現在6,000万人のWindowsユーザも、数年で1億人を超えるであろうし、更にユーザ層を広げるためにも、シンプルな商品名や、ソンプルな使い勝手が要求されているのである。

 では、よりシンプルな使い心地になりつつあるOSのソフトウェア開発がシンプルかといえば、逆に複雑になっている。Windows 95と同時発表されたアプリケーションプログラムのWindows認定ルールであるロゴプログラムでは、お馴染みのWindowsの旗の上に「Designed for」とあり、下には「Microsoft Windows 95」と記してある。「Windows 95用に作られたソフトウェア」という意味であり、このロゴマークの使用が許諾されるアプリケーションは、OLE2を正確にサポートし、またWindows NT 3.5でも正常に稼働しなければならない。つまり、ユーザ・インタフェースの統一のみならず、アプリケーション・インタフェースもWindows 95の動きと連携が可能な、あの複雑なOLE2の仕組みに対応する必要がある。

 Windows 95の新しいロゴの登場により、見なれた「Microsoft Windows Compatible」のロゴマークは使用禁止となる。現在日本で販売されているWindowsソフトウェアの9割以上はWin32APIやOLE2に対応していないので、Windows 95の出荷時期にはWindowsのロゴがついているソフトウェアはマイクロソフトのWord、Excelなど数えるほどしかないであろう。

 ロータスは、「Microsoft Windows Compatible」ロゴの発表当時からこれに反対し、1-2-3、AmiProなどの自社製品にはロゴをつけていない。別にWindowsロゴがなくてもパッケージに大きく「Windows対応」と書いておけば、それでユーザは認識できる。しかし、パソコン・ユーザは、ついつい新しい物に飛びついてしまう。ロゴがないと「古い製品」や、「マイクロソフトが認めていない製品」に見られるのをソフトハウスは恐れる。そして、「Windows 95」のロゴ認定をもらうために、Visual C++2.0を使ってソフトウェアを書き直す羽目になるのである。

 ユーザにとっても、別にWin32APIやOLE2の恩恵に授からなくても現状のソフトで充分に満足しており、またWordやExcelも、その機能の10分の1程度しか一般ユーザは使っていないと思う。それでも、OSも進化し続け、アプリケーションもどんどん肥大化していく。

 ハードウェア・メーカーにとっても、現在の「Microsoft Windows Ready-to-Run」ロゴが「Designed for Microsoft Windows 95」に統一されてしまう。「Windows 95のためにデザインしたパソコン」という言い方には抵抗のあるハードウェア技術者も多いのではないだろうか。

 オブジェクト化技術の進歩により、ソフトウェアがコンポーネント化されているので、マイクロソフトにとっては毎年OSを機能追加して出すことなど朝飯まえ。アプリケーションソフトウェア開発で培った豊富で良質のコードを少しずつOS側に入れていけばよいのである。本格的なオブジェクト指向OSであるCairoが出る頃には、「何なら月刊Windowsでもやってみましょうか」と考えているのであろう。現在、マイクロソフトがOLEコントロールをソフトハウスに推奨している理由も、そうなると理解できる。OLEコンポーネントの開発者は、「みんなでCairoを作る」仕事に従事しているとも言えるのだから。

 このまま、OSが急速に進化していけば、Windows 97/Spring、Windows 97/Winterのように、春物、冬物が出回るかもしれない。98年にはWindows 98となる。「日本語Windows 98 DOS/V対応版」などというまぎらわしい名称になっしまう。

Windows 95もマイナーチェンジでWindows 95.11では、11月版になってしまう。Windows 95Aとやるそうだ。

 そして、Windows NTとWindows 95はCairoが登場する97年頃にはNTのコードに統合されるであろう。NTカーネル上のサブシステムの多寡によって、Windows 97 Sarver、Windows 97 OfficeStation、Windows 97 HomeStation、Windows 97 PocketStationの4種類くらいに分かれるかもしれない。オブジェクト指向OSでは、OSのサービスとアプリケーションのサービスの境界がなくなるので、Windows 97あたりではWord、Excelの機能が、OSの機能として提供されるかもしれない。

 マイクロソフトの顧客は、Windows 95ユーザだけを考えても、あと数年で1億人となる。1998年にWindows 98が存在するのに、Windows 97を使い続けるのは、消費者にとっては難しいことである。全Windowsユーザが毎年バージョンアップを行なうであろう。1億人のユーザが毎年、一万円をマイクロソフトに支払うとすると、これだけで1兆円である。我々、Windowsユーザは充実したコンピュータ・ライフを送るために、マイクロソフトに「毎年、バージョンアップ代金を納める」こととなる。

 IBMの次期OSであるWorkplaceOSやTaligentは、出荷時期が不明だし、Appleの次期OS、CoplandやGershwinは、クローン路線が成功しても大きな市場は見込めない。80%のOSシェアを誇るマイクロソフトの優位は当分続くであろう。となると、パーソナルコンピュータの世界は、消費者にとっても、開発者にとっても、「そろそろ年貢の納めどき」となったようである。


#16「実録Comdex Fall 94」