eBook 1999.10
 電子書籍の最新動向


 昨年秋、日米の電子出版業界(そんな業界があったっけ?とお思いの方も多いでしょうが、細々とではありますが存在します)が大きく揺れ動く事件がありました。日本での「電子書籍コンソーシアム」の旗揚げと、米国での「Open eBook Initiative」の結成とそれに続くBill Gates氏の「On PaperからOn Screenへ」宣言です。

 Bill Gates氏は昨年11月、世界最大のコンピュータ展示会Comdex Fallのキーノート・スピーチで「今、我々は画面でメールとホームページと辞書を読んでいる。今後、数年の間に、今、我々が紙面で読んでいる、本、新聞・雑誌を画面に移行したい」と宣言しました。これは、単にOn Paper(紙)からOn Screen(液晶)にメディアが変わるだけではなく、デジタル化された本や雑誌のコンテンツがインターネットを経由して家庭や職場の読者に配信され、情報の個人所有も無くなるというものです。
 これに呼応して、現在のデスクトップ型、ノート型パソコン以外に、タブレット型が登場し、これが主流になるとMicrosoft社は予測しています。タブレットPCは、ザウルスのような液晶画面だけのコンピュータで、画面はB5サイズ以上の大きさで、読むことに徹したコンピュータです。これでインターネットを見たり、デジタル化されたテレビを見たり、本や雑誌を読んだりするものです。

 Open eBookは、画面で本を読むための基礎技術の標準化を行う組織です。日本の電子技術総合研究所に相当する米国の政府機関NIST(National Institute of Standards and Technology)の呼びかけで、昨年10月「Electronic Book '98」という会議が行われ、Microsoft社、DTPやデザインソフトのトップ企業Adobe社、eBook Pioneerと呼ばれる7、8社のベンチャー企業が集まり、電子書籍のデータ仕様を策定するグループを結成しました。1年間の討議の後、今年9月の「eBook '99」で、仕様書第一版が承認され一般公開されました。
 Open eBookは、ホームページの記述言語として有名なHTML(Hyper Text Markup Language)を基にした規格で、この形式で電子書籍を作ります。無償で公開する本や著作権が切れた本は、Open eBook形式のまま公開されますが、販売される書籍の場合は、これに暗号化とコピープロテクト処理が施されます。
 イースト株式会社は、日本から唯一Open eBookプロジェクトに参加し、日本語化部分を担当しました。縦書き、ルビ、外字などは、第一版での採用が見送られましたが、Unicodeと行間調整機能は採用してもらいました。Unicodeは世界の文字のミニマム・セットで、日本からはJISの第一水準、第二水準そして補助漢字も入っています。最近のJava、XML、Windows NT、CEなどのコンピュータ技術でも標準採用されているコード系です。ですから、Open eBookは横書きでの日本語表示が可能です。日本語のホームページをブラウザー見ると、行間が詰まって見にくくなりますが、Open eBookには、この調整機能もあります。

 日本の電子書籍コンソーシアムも昨年10月に設立されました。通産省の情報化関連予算を使い、2000年の3月まで電子書籍を衛星配信する実証実験を行うプロジェクトです。
 外字のコード化問題やコミックの電子化などの関係で、Open eBookのようなテキスト・データではなく、画像データを使っています。また、Open eBookはソフトウェアのベンチャー企業やMicrosoft社が主導権を持って仕様を策定していますが、電子書籍コンソーシアムは出版社の問題意識から発生した団体です。
 イーストが開発を担当した、日本書籍出版協会の「Books」もそうですが、日本の出版界は電子化の重要性を米国以上に意識していると思います。Open eBookがコンピュータの都合を最優先にして、データ仕様を決めたのに対して、電子書籍コンソーシアムは、印刷会社、書店、配信業者なども一緒になって、出版界全体で電子化の大勉強会を行っているように見えます。

 もともと、電子出版は日本が世界の最先端を走っていました。10数年前に日本電子出版協会という、出版、印刷、コンピュータの業界が横断的に参加した団体が発足し、そこから、EPWING電子ブックなどのCD-ROM標準化団体が巣立ちました。CD-ROM辞書の出版点数は米国の数倍ですし、雑誌へのCD-ROM添付など、はるかに先行しています。
 昨年秋の地殻変動は、CD-ROMという単なる電子出版の供給媒体の問題ではなく、数千年の紙の歴史や、500年の活版印刷の歴史に終止符を打ちかねない、新しいインフラの開始を告げるものです。
 コンピュータとインターネット技術の進歩により、パソコン毎のコピープロテクト、つまり、そのパソコンでしか読めない電子書籍が実現し、また、その本の読者が誰なのか的確に把握できるようになりました。MP3という音楽圧縮フォーマットの出現で、音楽のインターネット配信が目前に迫っています。この技術は、検索、ダウンロード、決済から著作権管理まで、そのまま電子書籍に応用できるものです。Microsoft社は現在、Media Playerという音楽や映像の再生ソフトを無償で配布していますが、来年春からは電子書籍の表示ソフト「Microsoft Reader」の提供を開始します。音楽のMP3に対して、書籍の標準フォーマットOpen eBookを読むソフトがReaderです。

 むかし、電子時計、クオーツ時計という言葉がありましたが、今、ほとんどの時計はクオーツです。カラーテレビという言葉も消えました。レコードからCDへの移行は数年で成されました。今、ビデオ・テープからDVDへの移行が静かに、しかし急速に進んでいます。電子書籍から「電子」が消える日も迫りつつあります。

 2010年、家庭には紙のように薄く軽い液晶画面があふれ、お父さんはその1つを拾って新聞を読んでいます。もちろん、トップは大好きな三面記事です。お兄さんはニヤニヤしながらWeb現代を眺めています。僕は今晩7時に公開されるWeb少年ジャンプ「あしたのジャック―最終回―」を誰よりも早く読もうと、ダウンロード・ボタンに手を置いています。
 家には、本もCDもビデオテープもありません。インターネットに無線でつながった液晶画面を、ちょっとタッチするだけで、得たい情報はすべて手に入ります。
 お母さんが、夕食のかたづけを終えて、私小説サイトを見ています。お母さんは三人の作家の読書グループに参加していて、毎月、新作を読んでいます。
 アッ、7時だ。ボタンを押したのに、なかなか「ジャック」が現れません。しばらくして、メッセージが表示されました。
 「こちらは一ツ橋サーバーです。ただいま大変込み合ってご迷惑をおかけしています。しばらくしてから、ボタンを押し直してください。」

from Nov. 4th 1999 来訪者カウンター
Kazuo Shimokawa