電子書籍ケーススタディ 6
 辞書に書く ICD病名検索・登録システム
イースト株式会社 下川 和男


 事例その2で、三省堂.netという巨大な辞書検索Webサイトをご紹介したが、今回は、このような検索サイトに参加者がメモを書き込むという、「育つ」辞書検索サイトをご紹介する。

ICD検索とは
 ICDと言っても、Internet Copy free Documentsの略ではない。疾病および関連保健問題の国際統計分類(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems)の略で、なんと101年前の1900年に初版が策定され、その後10年ごとに改訂されている。
 病気の名前が出版とどんな関係があるの?といわれそうだが、このICDコード表は日本語に翻訳されたものが、出版物として販売されている。興味のある方は、厚生労働省のホームページにその概要が書いてあるので、参照していただきたい。
 改訂と出版は世界保健機構(WHO)が担当し、1979年に第9回修正(ICD-9)、1994年に第10回修正(ICD-10)が出版され、米国など各国で標準病名として採用されている。
 なぜコード表が販売されているかというと、日本では病名が統一されておらず、病院グループや大学医学部の系列ごとに、異なる名称が使われて、このインターネット時代に混乱が生じているからである。個人の病歴が転院を繰り返しても引き継がれる電子カルテのプロジェクトは、米国では多数立ち上がっているが、日本でも、このICDを使って病名を統一する動きとなっている。

Web辞書に最適
 医療情報の研究機関である国際疾病管理研究所から受託して開発した、ICD検索システムは、SQLサーバ上にIDCコード対応表を構築して、病名の部分一致検索やアンド検索を実現している。
 辞書のように見出し語が明確で、それを検索する場合でも、今ではWeb辞書やCD-ROM辞書が主流となっているが、ICD検索は、病名から該当するICDコードを見つけ出すものなので、解説文から見出し語を見つけるような作業となる。上記の厚生労働省のホームページの病名から4桁コードを探す作業を想像していただきたい。これは、コンピュータが得意とする分野であり、出版物に多数の索引を付けても、人間には難しい作業である。
 このシステムは、サーバはWindows 2000サーバを使用し、データベースは同じマイクロソフト社製のSQL Server 7.0という最新システムで開発した。Windows 2000サーバに標準添付されているIIS(Internet Information Server)で処理が可能なASP(Active Server Pages)という言語というか手法を使って、システム開発を行った。
 ASPはスクリプト言語、つまりコンパイルされず、ソースプログラムがそのまま処理される方式で、その言語構造は、Java Scriptまたはマイクロソフトお得意のVisual Basicを使ったVB Scriptの二種類が用意されている。ASPを使って、「ブラウザーに入力画面を表示したり、入力された値をもとにSQL文を生成してSQLサーバを検索したり、検索結果をHTMLファイルに変換して検索したユーザのブラウザー画面に放り投げる」といった処理を行っている。
 1997年に開発した、日本書籍出版協会の「本のサーチエンジンBooks」以来、4年以上もASPを使い続けているので、慣れの問題もあり、6ヶ月と非常に短い期間で開発を行った。「Books」や「三省堂.net」のようにリード・オンリーつまり検索のみのシステムに較べて、病院単位で書き込み処理が発生し、それをその病院限定で、即座に次の検索では検索対象文字としなければならないので、多少の工夫と稼動確認試験に苦労した。また、CD-ROM版が完成していたので、それをユーザ・インタフェースの参考にできたことも、開発期間の短縮に寄与している。この程度の規模のシステムでも、ゼロから開発に着手する場合、コンセプトや基本仕様の決定とユーザ・インタフェースの策定だけで、半年を費やすプロジェクトも珍しくない。
 国際疾病管理研究所のホームページの左側に「ICDコード検索 インターネット版」というメニューがあり「ビジター」ボタンが付いているので、雰囲気だけでも味わっていただきたい。もちろん、病名登録は契約病院からしか行えない。

書き込めるWeb辞書
 このICD検索システムで特徴的なことは、「ローカルな病名をWebサイトに書き込める」ということである。契約した病院単位に、そこで使用している病名を、対応するICDコードの欄に書き込むことができ、その後は、ローカルな病名で、検索することが可能となる。例えば、眼圧が高くなって視神経が犯される「緑内障」は、昔から「青ぞこひ」という病名があったが、その「青ぞこひ」や「青ソコヒ」を慣用病名として登録することにより、「青ぞこひ」でICDコード「H40」が検索できるのである。
 このローカル病名は、インターネット上のユニークなWebサイト上に登録されるが、その病院以外への公開は行われないので、かな漢字変換辞書の単語登録と同じイメージで、どんどん慣用病名を登録することができる。
 インターネット辞書サイトの提供者側の最大のメリットは、データが一ヶ所にしか存在しないので、改訂が容易になる点だが、このような書き込み可能なサイトを構築することにより、みんなで辞書を作ったり、育てたりする作業も可能になる。
 この技術は、個人のメモが書き込める辞書としても応用できる。たとえば法律辞典に個人の研究メモを追加したり、楽曲解説サイトに評論を投稿したり、本の検索サイトに書評を書き込んだり、と簡単に行える。
 それらの個人が書き込んだ情報を個人単位に、不特定多数への一般公開、フォーラム・メンバーなどへの限定公開、まったく個人的なメモとして非公開などのモード設定も、Web辞書はお手の物なので、様々な用途で活用できると思う。


 日本で最初の電子辞書は、1985年三修社の「最新科学技術用語辞典」であるが、1987年に「広辞苑CD-ROM」が登場した。現在、CD-ROMなどのパッケージメディアからインターネット上のWebサイトへの移行期であるが、読者が自由に書き込める電子辞書の登場も間近に迫っている。

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