旅の記録 1992年11月16日 Las Vegas
Hobbitの冒険

 11月16日より5日間開催された世界最大のコンピュ−タショウ「Comdex Fall '92」を見学した。 そのレポ−トは様々な媒体で報告されると思うが、各種のイベントの中でキラリと光る出来事に遭遇したので、これに絞って報告する。

 Comdex初日16日の16時より、ラスベガスのホテル街の中心にあるBally's Casinoの2000人は収容可能なCelebrity Roomで、AT&T主催のHobbitチップおよびそれを使ったPersonal Communicatorsの発表会が開催された。噂の電話機能を持つペンコンピュ−タである。AT&Tはこの未来の電話を既存の電話販売のルートで売るらしい。
 まず、AT&T Microelectoronics の副社長 Curtis Crawford が挨拶し、Hobbitチップと新しい電話機についてビデオを使った説明が行われた。ビデオはベルの電話機にはじまり、最近のFAX電話、携帯電話そして Personal Communicator への展開を歴史を追って映しだした。HobbitチップのCMOS 3.3Vという低消費電力を強調し、MIPS/Wattという新しい単位まで提唱している。
 次に、この Personal Communicator のOSを開発した GO Corporation の技術担当副社長 Robert Carr が、GOから独立したEO社デザインのマシンでデモを行った。日本でもPenPointのデモは数回見たが、386マシンに比べ数倍高速に稼動するのが確認できた。Carrがスクロールのジェスチャをすると、そのペンの動きに追随して画面が上へ下へと動く様は小気味良い。13mipsのRISCプロセッサの威力に感心した。
 ゲストとして登場した3人にも驚いた。 3人とも日本人なのである。最初が東芝の足達研究所長、次に日本電気の高山取締役、最後がNECエレクトロニクスの米国法人の副社長。特にNECは、Hobbitチップのセカンドソースの提供も含む広範囲の支援を行うと発表された。この他、EO社がデザインしたマシンの製造はPanasonicと発表されたし、EOブランドの商品は米国で丸紅が販売するとのこと。後半は日本の企業との提携の話しが中心であった。A4判より少し小さなボディに電話とコンピュータを合体させた機能を持つハードウェアは、結局日本の企業にしか製造できないようである。
 この発表会に先立ち、16日が17時間前に訪れる日本でも発表会が開催された。AT&T Microelectoronicsの社長や、GO社のWilliam Campbell社長、NECの水野副社長など、米国での発表会より1クラス上のメンバーが東京に参集したことにも、日本重視の姿勢が読み取れる。
 GO社は、5年ほど前(1987年)に設立されたパーソナルコンピュータの次世代OSの開発会社で、シリコンバレー最後のベンチャー企業と噂される優良企業である。社員170名程度の規模の会社で、32ビットのオブジェクト指向マルチタスクOS「PenPoint」を設計開発している。
 Lotusで開発の責任者であったJerraold Kaplanと、Xerox PARCでSmallTalkの開発を行い、Ashton TateでFrame Workを開発したRobert Carrを中心にして設立された会社で、技術者だけで設立され、市場が見え始めた時点で、アップルの副社長やクラリスの社長を勤めたWilliam Campbellを社長、CEOとして迎え入れ現在に至っている。

 発表会とそれに続くレセプションに参加して、Bally's Casino最上階の26階でビールを飲み、Las Vegasの林立する巨大ホテルを眺めながらこんなことを考えた。
 「HobbitはIntel 8086、Personal CommunicatorがIBM PC、そしてPenPointはMS-DOS」10年ほど前の出来事と見事に合致する。主役がIBM以上の社員数を誇るAT&Tに代わり、この10年の半導体そしてオペレーティングシステムの進歩によって、パーソナルコンピュータは電話と合体した新しい機器に生まれ変わった。内部にベル研という大きなソフトウェア開発集団を持つAT&Tが100名規模のGO社からOSの提供を受ける件など、IBMとMicrosoft提携劇とほとんど同じ場面展開である。コンピュータの市場が10数倍に拡大した今回は、設計や製造そして販売までも、AT&Tは市場に開放した。AT&Tが押さえているのは下と上だけ、つまりHobbit Chipのライセンスと電話料金ということになる。UNIXはAT&Tにとって事業のひとつでしかなかったが、今回は本業の電話である。数年後には総力をこのプロジェクトにかけてくるであろう。「OSのハ−ドウェア離れ」が進む中、Hobbitがどこまで健闘するかは不明だが、電話回線からの収入はAT&Tを潤すことに違いない。現在の文字認識のレベルでは、デ−タ入力機器としてよりもデ−タ表示機器の用途が多いと思われる。巨大なデ−タベ−スのデ−タを電話回線経由で表示するとなれば、回線は常にオ−プンとなる可能性もある。
 このPersonal Communicatorが90年代のパーソナルコンピュータの新しい姿となり、IBM PC同様の成功を収めるかどうかは、後年の評価を待たねばならない。10年前の出来事を遠い日本から記事として読んだ身にとっては、現場に居合わすことが出来た幸いに感謝している。この感激をバドワイザーとともに胃の中に流し込んでBally'sを後にした。

 英国の作家、J.R.R.Tolkienは、「ホビット、ゆきて帰りし物語」に続く本篇「指輪物語」の巻頭でこう述べている。
一つの指輪は、すべてを統べ、
一つの指輪は、すべてを見つめ、
一つの指輪は、すべてを捕えて、くらやみのなかにつなぎとめる。

(瀬田貞二 訳、1972年 評論社刊)

表1 EO Personal Communicator の概要

EO440EO880
外形寸法10.8"x7.1"(27cmx18cm)13"x9"(33cmx23cm)
厚さ0.9"(2.3cm) 1.1"(2.8cm)
重量2.2lb(999g)4lb(1816g)
CPU20MHz Hobbit(13mips)3.3V 30MHz Hobbit(20mips)5V
バッテリ駆動時間 7時間(NiCad 90分充電)4時間( ← )
RAM4MB(12MBまで拡張可能)
ROM8MB(OS:PenPoint+9AP)
内蔵HD20MB64MB
オプションHD[10MB siliconHD]
スピ−カ、マイクロフォン標準添付
内蔵fax/modemV.32bis,V.42,V.42bis,V.29(G3)
セルラフォン端子標準添付
表示装置7.5" 110dpi 白黒液晶9.4" 85dpi バックライト付
デジタイズ能力250dpi
外部端子シリアルポ−ト
パラレルポ−ト
RJ-45電話端子
PS/2キ−ボ−ド端子
ワイヤレス通信端子
SCSI II
RGB/VGA出力端子
PCカ−ド・スロットPCMCIA type II x1PCMCIA type II x2
価格$1,999
$2,499(モデム内蔵)$2,999(モデム内蔵)
$2,799( 〃 、8MBRAM)$3,299( 〃 、8MBRAM)
$ 799(セルラフォン)
標準添付ソフトGO Mail電子メール
GO FaxFAX送受信
EO Phone
EO Sound
EO Calc
EO Lockセキュリティ
GO MiniNote文書作成
Sitka PenTops/PenCentral
Pensoft Personar Prespectiveカレンダ、ToDoリスト、住所録、電子メモ帳

表2 PenPoint関連企業一覧

会社名製品名概要
aha! software *j電子メモ帳
CreativePen Systems *(Hardware)製品デザイン
First Pen Systems *jPenSIL画面レイアウトツール
GO *jPenPoint Hobbit SDKソフトウェア開発キット
Ink Development *jInkWare NoteTaker 電子メモ帳、ノート
Photoグラフィックス
Intuit *Quicken/QuickenBooks個人向け財務ソフト
Lexicus *Longhand手書き認識
Logitech *(Hardware)デジタイザ
MetaWare *High CCコンパイラ(プログラム開発用)
Notable Technologies *jPenLinerアウトライン文書編集
Shared Whiteboardグラフィックス通信
ParaGraph *jCalliGrapher手書き認識
PenMagic Software *jNumero会計用表計算
LetterExpress文書作成支援
Pensoft Corp. *jPerspectiveスケジューラ、住所録
PenStuff Inc.FinancialCalculator会計用表計算
Slate Corporation *jDay-Timer PenSchedulerスケジューラ
PenBook 電子ブックビューア
Laplink ProPCファイル転送
SafetyPenユーティリティ
PenAppsアプリケーションビルダー
Stylos Development Corp.Markupグラフィックス
Sitka Corporation *PenTOPSネットワーク、LAN
WordPerfect *(計画中)
WATCOMC Cコンパイラ
*は、Hobbit対応を表明した企業。
jは、日本語対応を表明した企業。

表3 Hobbit(ATT92000シリーズ)の構成 AT&T社資料より

ATT92010Hobbitマイクロプロセッサ
32ビット、64エントリMMU
命令キャッシュ3KB、スタックキャッシュ512B
ATT92011システム管理コントローラ
92000シリーズのシステムレベル管理と電力管理
クロック発生、アドレスデコード、割り込み制御
ATT92012PCMCIAインタフェース
外部メモリカードやI/Oカードの管理
最大4カード
ATT92013P-ISAインタフェース
HobbitローカルバスとISAサブセットバス間のインタフェース
最大8個の8ビットまたは16ビット周辺機器をサポート
4チャンネルのバッファ付きDMAコントローラ
ATT92014ディスプレイコントローラ
最大1024x768(4ビットプレーン)
電力減少モード(静止スクリーン、スクリーンオフ、ディスプレオフ)
(DSP16)モデム、セルラフォン機能

表4 PersonalCommunicatorの将来像 AT&T社資料より

今日ファックス、モデム、手書きイメージ(Ink Capture)、
電子メール、ポケットベル(Paging)
近い将来+ 双方向ポケットベル、ボイスメール、スピーカフォン、
アナログセルラフォン、手書認識、音声認識
その先+ デジタルセルラフォン、ISDN、高解像画面、動画、テレビ会議

Kazuo Shimokawa [EAST Co., Ltd.]