旅の記録 1995年9月 San Francisco
Seybold Seminars San Francisco 1995


Seybold Seminars参加報告
 DTP(Desk Top Publishing)のセミナーとして15年の歴史を持つ、Seyboldに行った。8月、9月とSan Franciscoへの出張が続いているが、今回の目的は、Seyboldでのスピーチである。
 1ヶ月ほど前に、突然、日本印刷技術協会(JAGAT)から連絡があり、「Seyboldで日本語DTPのセッションをやるので話をして欲しい」と依頼された。「英語がダメなので通訳が付くか、旅費は?」と聞くと、「通訳は付ける、旅費は一切出ない」との事。
 最近UnicodeやTrueTypeフォント関連の仕事が多く、米国の人に教えてあげたいこと、訴えたいこともあったので参加することにした。
 年末商戦はWindows 95台風が猛威をふるいそうだし、はがき印刷ソフト市場も風雲急を告げているので、3泊5日の忙しい旅であった。
 出発の4、5日前にJAGATに確認したところ、ディスカッションには通訳を付けるが、最初のスピーチは英語で、との事。慌てて言いたいことを原稿にまとめて英訳してもらい、まず発音練習からという悲惨な状況に追い込まれてしまった。

Seybold Seminarsとは
 DTPソフトウェアの世界最大のExpoである。Seminarsという名称の通りセミナーが中心だが、併設の展示会も大規模である。300社以上が参加し、San FranciscoダウンタウンのMoscone地下の北館と南館をほとんど使っている。
 DTPの展示会としては、ドイツのDrupaが有名だし規模も大きい。しかし、これは数千万円から億の単位の巨大な印刷用器機の展示会である。Seyboldは、あくまで米国が培ってきたソフトウェア・テクノロジーが中心である。
 Seyboldは、Jonathan Seybold氏が1980年に始めたものである。Seybold SeminarsはDTPセミナーとして定着しており、特に10年前に登場したPostScriptとPageMakerによるOpen DTPの推進には大きく貢献している。
 今年はオープンなDTPシステムの出現から10年、つまり、Apple、Adobe、Aldus連合によるDTPの誕生から10年ということで、Seyboldらしい21世紀を先取りするセミナーが並んでいる。
 9月26日(火曜日)から29日(金曜日)まで、常時4〜5トラック併行でセミナーがずらりと続いている。価格は、3日間のセミナーフルコースで、999ドル(約10万円)。金曜日の個別テーマセミナーが400ドルである。
 対象は、DTPの現場のプロ。つまりDTPソフトウェアの設計者、開発者、DTPをプロユースで使っているクリエイターやデザイナーなどである。ただし、後述するが、SeyboldはDTPのセミナーではなくなっているので、対象範囲はネットワーク出版やCD-ROM出版に広がっている。

セミナーの運営
 Seyboldは、数年前のZiff-Davis社Expo部門の設立に、Interopと共に核となって参加した。その後、昨年の買収劇で、SOFTBANK Expoの一員となっている。
 旧Ziff-Davis系のExpo運営方法が採られており、非常にスマートで気持ちがよい。
 まず、参加者のバッジは磁気カードである。展示ブースで「資料が欲しい」といってバッジを渡すと、磁気カードリーダーで読んでくれて、デジタルデータが出展社にわたる。
 このバッジ作成もセルフサービスである。「Self Registration」とパネルが掲げられた所に銀行のキャッシュディスペンサーよろしくMacの入ったブースが並んでいる。自分で住所、氏名などを打ち込むと、出口に置いてある「サーバー」カードプリンターからバッジが飛び出してくる。
 コンファレンス参加者には、常にコーヒーやジュース、スナック類のサービスがあり、初日は会場に近い、マリオットホテルでのLunchキーノートもあった。
 また、ノートと1cmほどのプログラムガイドのみで、重たい個々のセミナー資料は撤廃されている。セミナー資料は各クラスに行けば配布されているが、すべての資料を集めたCD-ROMをコンファレンス参加者全員に、6週間後に送ってくれる。表示ソフトはAdobe Acrobatで、もちろんWindows、Mac両用である。
 時間割りもユニークだ。朝8時半から始まるが、12時から14時まで昼食と展開会場見学の時間が設けてある。また、夜7時半から9時という夜学があり、これは展示会のみのロハの客も聴くことができる。
 会期中、Show Dailyという日刊紙が発行されるが、Comdexとは大違い。まず、制作時間12時間程度なのに、「フルページ、カラー」である。写真はDigital Photoといちいち断ってある。配色もデザインもレイアウトもすばらしい。
 展示会では、「Hot Pitches」というロゴ付きの展示を所々で見かけた。Editors Choiceである。このあたりのセンスも見事。どの製品やテクノロジーが斬新なのか一目瞭然である。

セミナーの概要
 SeyboldはDTPとは無縁のセミナーに変ぼうしている。時代がその方向で流れているので、仕方がないが、大半がネットワーク出版関連のテーマである。
 案内書にはInternet、SGML、HTML、Web、CD-ROM、New Media、Interactiveなどの単語が並んでいる。DTPがInteractiveするのである。
 セミナーのタイトルを無作為抽出すると
     Webのオーサリングツール
     ビジュアルな電子ページの作り方
     新世代のプリプレスツール
     デジタルフォト詳説
     PhotoShopでのカラーセパレーション(4時間のワークショップ)
     Webナビゲーションと情報検索
     新しいビジネスモデル(ケーススタディ)
     ネットでMake Money
     Webページの管理(出版用とIn House用の2コース)
     HTML出版の制作ツール
     オンライン販売
     PostScriptの将来
     CD-ROMかオンラインか
     Webデザインの秘けつ
     カラーイメージ処理
     電子ドキュメントの配信、...
 木、金曜日には、以下の個別テーマのセミナーが開催された。
     Designers & New Media
     Newspapers & New Media
     Printer's Perspective
     World Wide Web Publishing

Seyboldのキーノート
 キーノートは初日、火曜日の9時に開始された。先ず、SOFTBANK Expoの社員がSeybold氏を紹介。会場は2000人以上で立ち見も出ている。日本からもJAGATなどのツアーが出ており、主催者側で日本語通訳サービスも行っていた。
 Seybold氏は、CD-ROMやInternet出版の動向などについて、ゲストのApple社長のMichael Spindler、Novell社長のRobert Frankenberg両氏のスピーチを交えて話していた。
 彼は、Adobe社のドキュメント表示ツールAcrobatや、Microsoft社のAudio CD拡張仕様CD+、そしてCDの次に来るDVDなどについて語った。オンライン(Internet)とオフライン(CD-ROM)の相互関連や、CD-ROMのデータフォーマットの標準化などが気になるようだ。
 AppleはApple Scriptを使った動くページの作成方法の紹介や、QuickTime VRのデモを行った。DTPのセミナーで、何で動画やバーチャル・リアリティなのか、と場違いに感じる客など一人もいない。
 プレゼンテーションで表示される画面の右上には「N」のマークが輝いている。Net Scapeはたった1年でブラウザー市場を席けんしてしまった。
 だが、このキーノートは何か迫力に欠ける。ひとつはMicrosoft不在である。CD+やMicrosoft社のネットワークサービスMSN(The Microsoft Network)が話題にのぼるが、当事者がいないので空虚に響く。それに、二人の社長がいずれも、数年前まで番頭だった人で、創設者でもなければ、スター技術者でもない。実務派社長なので派手さがない。

展示会
 イメージセッタメーカーはほとんど出展している。Linotype、Agfa、screen(大日本スクリーン)、DuPont、 Komoriなどが大きな機械を並べている。
 Laser Masterに代表される、大型カラープリンタも10社近くが出展していた。幅1.5m、長さ無制限の巨大なポスターや垂れ幕が印刷されていた。
 しかし、展示の大半はソフトウェアである。ワークステーションメーカーのSunも、Netscapeが採用した新しいブラウザーHot Javaとその記述言語Javaを展示していた。カタログには「Hot JavaはWorld Wide Webに命を与える」とある。
 HTMLの静的な「死」から、Javaの動的な「生」へと本当にこれから移っていくのであろうか。何しろネットワークは変わり身が早い。ダウンロードすれば即座にソフトが入れ替えられるのでMosaicからNetscape Navigatorには半年で主役交代となった。
 MicrosoftブースはAdobe、Appleへの遠慮か小さめで、しかも半分はパビリオン形式にして他社のWindows 95対応DTP系ソフトが展示されていた。Canvas 5、PageMaker 6、PhotoShop、Corel Drawなど、タイトルバー上の商品名がちゃんと左寄せになって動いていた。
 MSブースの話題はBlackbirdである、人だかりが出来ている。「動的新聞用MSNオーサリングツール」といった製品で、インタラクティブに新聞を作り、読むことができる。つまり、ヘルプのように関連する場所に飛んだり、見たい写真を表示したり、レイアウトを自分の興味に応じて入れ替えたりと、動く新聞が作れるのである。
 Appleは自社ブースと巨大なサードパーティーのパビリオンの2ヶ所に出ていた。AppleにFellow待遇で戻ったGuy Kawasaki考案の「Windows 95=Macintosh '89」キャンペーンを推進しており、このバッジや大きなステッカーをばらまいていた。
 面白がってたくさん貰ったが、ホテルでながめているうちに悲しくなってきた。
 Appleがこんなキャンペーンを打っても、Windowsの優位はびくともしない。Open Docを固めるなり、Newtonをやり直すなり、Pippinを本気でやるなり、eWorldをまともにするなり、やることがたくさんあるはずだ。
 旧来のDTP系ではQuark関連の製品が目立っている。AutoCAD同様、Quarkもサードパーティーのプログラムを組み込めるようになっているので、この仕組みを使ったツールソフトが多数展示されていた。
 会場の一角にはギャラリーがあり、デジタル絵画の展示場となっていた。使用ツール名、出力機器名、作者名などが書かれた、100点以上の作品が並び、販売も行っている。Seyboldはデザイナーも取り込んでいる。

SGML復活
 展示会での最大のテーマはSGMLである。とにかくSGMLのサブセットであるHTMLがWebの記述言語となったため、瞬く間にSGML系データの巨大な蓄積が行われた。その活用と既存データのHTML化、新規のHTMLファイルをどのように構築するかが、インターネット出版の主題である。
 AdobeはPage Mill、Site Millという製品を参考出展していた。Webのビジュルエディターで、Macを使い、Drag & Drop方式でページの作成が行える。
 また、Adobeが買収したFrame Makerも、SunのDTPという生い立ちの良さを生かして、SGML生成や、Illustrator、PhotoShopとの連携で、Web Pageが簡単に作れますと宣伝していた。
 MicrosoftもWordのオプションで、SGML出力をサポートしている。
 Web Pageの作成ツールは、In Context社のWeb Ware、Navisoft社のWeb Authoring Kitなど、続々と登場している。

Seyboldのまとめ
 得るものの多いExpoであった。規模も、Mosconeのほぼ全体を使い、2日あればゆっくり見れる。セミナーも充実している。やはり15年という歴史の重みが感じられる。
 この10年、オープンなDTP市場は、AdobeとAppleが牽引してきた。展示会もこの2社が広いスペースを取り、自社の最先端技術を意欲的に発表している。
 Seyboldに詳しいJAGATの方に聞いたら、昨年、はっきり方向転換を行ったとの事。それまでの数年間は、PostScriptのカラー対応の話が中心であったが、これが実現して、DTPで技術的なテーマがなくなったようだ。
 昨年、セミナーはInternet系が中心で展示は従来のDTPだったが、今年の展示は半数がソフトウェアで、それもInternet系が多い。
 来年、2月27日から3月1日までBoston、9月10日から13日までSan Franciscoで開催される。また、日本上陸も決定したようで、来年12月との事。日本ではInternet出版という切り口を鮮明に出すのか、ソフト後進国の日本はまだ「DTP」をテーマとするのか、いずれにしろ期待が持てる。

San FranciscoのWindows 95(2)
 Windows 95は売れ続けている。Virgin Mega storeでもEgg Headでも、見ているうちにドンドン買っていく人がいる。
 Windows 95対応のアプリは、1ヶ月前と比べてあまり増えていない。Win 95と同時出荷を行わなければ、意味がないからであろう。これから年末、クリスマス商戦向けの商品が店頭に並び始めれば、またWin 95対応のソフトが増えていくと思われる。
 既存ソフトがWin 95で稼働するかどうかは米国でも大問題で、一部のソフトには「Windows 95でも稼働します」と書いたシールが貼ってあった。
 値段も、少し下がってきた。Office 95のStandard Upgrade版は220ドルから204ドルになっている。このパッケージには、リベートクーポンが入っている。これをMicrosoftに送ると40ドル戻ってくる。Word、Excel、PowerPoint、Schedule+が入って、何と約16,000円である。
 どのショップにも、古いWin 3.1対応のOfficeやWord、Excelがたくさん残っている。今更売れるとは思えない。米国の流通機構はよくわからないが、ショップ店か流通業者かMicrosoftか、誰かがこの在庫の山を処分しなければならない。

米国のパッケージソフト動向
 まず、とにかく安い。30〜50ドルがほとんどである。
 CompuServeのMosaic In a Boxなど15ドルである。これはWindows 95対応で、Plus!を50ドルで買わなくても、95でInternetに入れますよ という代物である。
 そんな中で、Microsoft HomeのBook Shelf '95が66ドル、Encarta '96が146ドルという高額を維持している。これは、年鑑となっていて開発費が高くつくからであろう。
 Audio CDのようにCD-ROMも定価が決まってしまうかに見えたが、同じホーム系CD一枚でも、9ドルから150ドルまでの開きがある。
 CD-ROMでは、日本語学習のソフトがVirgin Mega storeにたくさん置いてあった。米国では、ソフトハウスがお金を払って、ショップ店の売場のを買わなければならない。売場の奪い合いが熾烈であるが、以下のようなソフトが生き残っている。つまり売れているのである。
Bayware Kanji Moments $49
〃 Power Japanese $149
Berlitz JAPANESE $74
Learn to Speak Japanese $61
 ショップ店に商品を並べる、新興ソフトハウスは二極化しているようだ。一つは技術集約型で、小さな軽いパッケージの中に2〜30頁のマニュアルとフロッピィディスクが1枚入って、40〜60ドルで売っている。
 何かというと、プリンタドライバーやRAMダブラー、ダブルスペースの類である。カラープリンターで標準添付ドライバーの倍、早く打てます。低価格カラープリンタがPostScriptプリンタに変身。RAMが二倍に増え(るように見え)ます。などである。
 もう一つがマーケティング型で、名刺作成ソフト、カレンダー作成ソフト、簡易DTPソフトなど、印刷するソフトが多い。パッケージは大きくて重たい。CD-ROMも付いていて、30〜50ドルである。
 重たいのは、紙が入っているためで、名刺の紙が50枚、ペーパーダイレクト社のサンプルペーパーが80枚と、用紙が詰まっている。CD-ROMには、その紙を使ったデザインサンプルが山のように入っている。
 一つのアイデアと数人の社員で、ヒット・パッケージソフトを作る市場は、まだ残っているようである。

Kazuo Shimokawa [EAST Co., Ltd.]