Windows HeartBeart #8(1994年2月)
グリーンIBM

 IBMが元気になってきた。分社化に成功し、インテル系パーソナルコンピュータを統括するPCカンパニー(PCC)、MPUを作成するマイクロエレクトロニクス、パソコンソフトウェアを統括するパーソナル・ソフトウェア・プロダクト(PSP)、そして日本人の三井(みい)さんが率いるパワー・パーソナル・システムズ(PPS)などが派手な動きをしはじめた。

 ジム・キャナビーノのPCCは、OS/2 2.1、ノートパソコンThinkPad750、サブノートThinkPad500と立て続けにヒットを飛ばしている。OS/2は、クライアントOSとして、雑誌での性能比較で高得点を上げたこともあり、アプリケーションソフトがあまり無いのに、OS自体の性能の良さや、信頼性の高さで売れ行き好調である。

 PSPは、11月10日に、「OS/2 for Windows」 という商品まで発表した。すごい商品名である。OS/2 2.1から、Windows互換モードをはずし、Windowsシステムが入っていることを前提として、それにかぶさる形で、稼働するOSである。Windowsアプリケーションは、Windowsに制御を渡して稼働させるわけである。このカタログが奮っている。 新聞の体裁をした大判で、新聞名が「The Chicago Early Edition」とある。マイクロソフトがかんかんに怒りそうなキャッチフレーズである。インテルの386アーキテクチャをちゃんと使った32ビットOSなので、Windowsより優れたメモリ管理を行い、性能が向上し、信頼性も高い、との事。Windowsを知り尽くしたIBMならではの製品である。

 CD-ROM版が39ドル、フロッピィディスク版が49ドルと値付けも思い切っている。これでOS/2に触れてもらい、アプリケーションが揃うのを待って、OS/2モードで動かしてもらう戦略であろう。
 PPSのPowerPCも頑張っている。 コムデックスのメイン会場の前にはテントが張られ、特設会場で、新製品のPowerPCと、それを使ったノートパソコンが出ていた。マイクロソフトのブースでは、PowerPC対応のWindowsNTが稼働していた。コムデックスをPowerPCのお披露目の場所として、低価格と高性能でこれから攻勢をかけてくるであろう。

 コムデックスの期間中、IBM PCC、PSP主催のワールド・コンファレンスが開催された。 朝食と午前中のセミナー、午後はコムデックス見学、そして夜はレセプションという、次第で3日間行なわれた。数千人が参加し、たくさんの技術が紹介された。
 音声認識と音声入力では、ワープロのテキスト画面に、読み上げた言葉が正確にどんどん入っていく。OS/2のシェルに対して、言葉で呼びかけて、コマンドの実行も可能である。話者特定でないのを証明するためにキャナビーノにマイクを渡し、プログラム・マネージャーへの司令を意味する「DeskTop」と呼びかける。 その後、各種のコマンドを呼び出すのであるが、キャナビーノには「DeskTop」ではなく、映画にならって「HAL」と言って欲しかった。 

 ワークプレースOSの位置付け、カライダ社のマルチメディア言語であるスクリプトX、タリジェント社のオブジェクト指向OS、そしてレンタルビデオ最大手のブロック・バスター社と組んだ、ビデオやオーディオ情報の回線配信技術の開発会社ファイアーワーク・パートナーズなどが紹介された
 コムデックスのIBMブースに、「グリーンPC」の日本語カタログが置かれ、商品が展示されていた。 日本IBMの開発拠点、大和研究所の作品なのである。グリーンPCは、拡張I/OのPCMCIAでの統一、1024x768カラー液晶の採用、斬新なデザイン、米国政府の省エネパソコン規格のクリアーなど、冒険している。少々値の張るマシンだが、パーソナル・コンピュータは、1年で性能価格比が半分になるのが常。コンセプトは正しいので、もっと冒険して世界市場に出しせるマシンに仕上げて欲しい。

 A5版サブノートのThinkPad220、低価格のパッシブ・マトリックス・カラー液晶を使用したThinkPad750C、CD-ROM搭載のマルチメディアパソコンPS/V Visualも日本の冒険である。なぜIBMは大和研究所に斬新なことをやらせるのだろうか。大和の製品開発力が優れているのであろか。それとも、日本を恰好のアンテナ市場と位置づけているのであろうか。何れにしろ、今、旧来のメインフレーム・システムが音をたてて崩壊している時に、IBMは斬新なデザインや、しっかりしたコンセプトのコンピュータで、新しい技術への挑戦を繰り返している。

 その昔、「コンピュータ=IBM」だった時代、IBMは中華思想に満ちていた。 自分がコンピュータの中心であるという自負とプライドが先行し、「我こそは正義である」と言わんばかりのコンセプトやソフトウェアの押し付けあった。それが、パーソナルコンピュータの急速な普及により、カリフォルニアの空のように透き通った、自由な市場が生まれ、真に技術的に優れているものが生き残る環境が作られた。

 IBMがこのまま成功していくと、「やはり、我々は正しかった」として、以前のような「開口一番機密保持」となりかねない。OS/2、SOM、REXX、Workplaceこそがソフトウェアだと言われてしまう怖さがある。巨大企業で研究部門も充実しているため、この種の基本ソフトウェアなどいくらでも作る力を持っている。パーソナルコンピュータの開かれた市場に対して、押し付けがいちばん困る。

 顧客至上主義も、我々開発者には気にかかる。コムデックスのセミナーにビデオで登場した、新任のガースナー社長は、10分ほどのスピーチで10数回「カスタマー」という言葉を使った。これは昔からのIBMの伝統である。「Think」と共に「カスタマー」はIBMのキーワードである。

 対するマイクロソフトは「ディベロッパー」という言葉を良く使う。これが両社の根本的な違いであろう。
 今後、ソフトウェア市場がIBMとマイクロソフトに2極化し、色分けされてしまう危険がある。ソフトウェア開発者に対して、「あなたは敵ですか、味方ですか」と双方から問われかねない。両社とも、オープン・アーキテクチャを口にするが、本当に必要なのはオープン・マインドである。それも、自分が中心にあればこそのオープンであっては困る。

 その昔、IBMは管理職が皆オーソドックスなダーク・ブルーの背広を着るため「ビック・ブルー」と呼ばれていた。数年前、日本でPS/55zが出たとき、カタログ一面の「スカイ・ブルー」を見て、何かが変わる予感がした。グリーンPCや、コムデックスでのキャナビーノのグリーンのポロシャツ姿は、明らかに新生IBMの始まりである。
 現在のIBMは濃いグリーンである。光の3原色RGBのグリーンは輝くような明るいグリーン。これから、元のダーク・ブルーの戻るのか、輝くグリーンとなるのか、予想はつかないが、ソフトハウスの望みは「グリーンIBM」。


#9「永久プログラマー」