Windows HeartBeat #17 (1995年3月)
よーい、ドン。

 マイクロソフト・ディベロッパー・ネットワーク(MSDN)をご存知であろうか。Windowsのソフトウェア開発者で、MSDNを知らない人は「もぐり」である。

 もぐりの方のためにすこし説明しよう。
 MSDNは、Windowsソフトウェア開発者に最新の技術情報を提供するために、マイクロソフト社が作った情報提供の仕組みである。紙媒体で隔月刊のDeveloper Network Newsと、CD-ROMで提供される季刊のDeveloper Network CDがある。
 ニュースは16頁ほどの新聞で、その時々の技術的な話題が掲載されている。最近では、Visual
C++2.0やBackOffice、新しいVisualBasicなどがテーマとなっている。ひと月遅れで、日本語に訳した新聞も発行されている。
 CDは、CD-ROMを使って膨大な技術情報を配布している。2つのレベルがあり、定期購読の価格も違っている。レベル1はDevelopment Libraryと呼ばれ、ドキュメント類が入っている。DOS、Windows、Windows NT関連の開発者向けの全マニュアルが1枚のCDに収められている。最新の技術資料、サンプル・コード、製品ドキュメント、仕様書、Microsoft Systems Journalの記事、MS Pressの書籍、そしてユーティリティなどである。

 レベル2はDevelopment Platformと呼ばれ、Software Development Kit(SDK)、Device driver Development Kit(DDK)そしてOSそのものが入っている。最新のレベル2はCD-ROMが何と20枚。内訳は、Windows 3.1のシステム、SDK、DDK、WFW 3.11、Video for Windowsのサンプル、Win32のSDK、Windows NT 3.1のSDK、DDK、日本語Windows NT3.5のβ1、そしてアルファベット圏(SBCS)のWindows NT 3.5システムが入っている。SBCSのNTは、U.S.、French(フランス語)、German(ドイツ語)、Spanish(スペイン語)、Italian(イタリア語)、Portuguese(ポルトガル語)、Swedish(スウェーデン語)、Dutch(オランダ語)、Finnish(フィンランド語)、Norwegian(ノルウェイ語)、Danish(デンマーク語)と実に計11枚のCDである。

 日本ではレベル1が年間29,000円、レベル2が74,000円で販売されている。いずれも、ニュースが付き、1ユーザ毎の価格である。サイトライセンスも用意されている。レベル2はレベル1を包含しており、年間74,000円で、世界のWindowsやWindows NTのプログラム開発が可能となる。以前は高価な日本語SDKやDDKを個別に購入しなければならなかったが、MSDNの登場により非常に低価格で、最新の情報が米国とリアルタイムに入手できるようになった。これに、開発用のコンピュータとVisual C++などの開発言語を購入すれば、即、Windowsのプログラム開発がスタートできる。

 もうひとつ、TechNetという仕組みも作られている。これは、Word、Excelなどのアプリケーションを含むユーザーサポートの情報をCD-ROMに収めたもので、月刊で現在は2枚のCDとなっている。MSDNは英文だが、TechNetは日本のマイクロソフトのQ&Aなど、日本語ヘルプファイルも入っている。

 リアルタイムでの最新情報の入手は、MSDN開始以前の日本では不可能であった。こんな苦い思い出がある。
 1990年の3月、米国のソフトウェア会社の業界団体であるSoftware Publishers Association(SPA)の年次総会に出席するためにSan Diegoに行った。表向きの用件は、Windowsコンソーシアムの紹介であるが、会社の仕事として、当時マイクロソフトが発表したばかりのWindowsのMultiMedia Extensions (MME)のβ版を入手する旅であった。社員でひとりマルチメディア・オーサリング・ツールを作っていたものがいて、シャープx68000からWindowsへの移植を計画していた。Hotel Del Coronadoという豪華なリゾートで行われた総会で、苦労して入手したMMEβには、既にアシメトリックス社、オートデスク社、「Director」の開発者であるMark Canterのマクロマインド社などのツールソフトが既にサンプルとして入っていた。
 その社員とふたりでこれからWindows版ソフトを作ろうとスタートラインに並んだら、米国のソフト会社は、1周先を走っていたのである。

 やるせない思いで帰国した。Windowsのソフト開発を行う会社は、米国でないと情報が入手できない。それなら会社をまるごと米国に移してしまおう、などと真剣に考えた。

 ところが、最近、開発者向けの情報を全世界同時にCD-ROMで配布する会社が増えている。アップル・コンピュータは、4、5年前から認定ディベロッパーに対して、CDを配布している。アップルは1986年8月にAPDAというディベロッパー組織を発表し、87年4月にはアプリケーションソフトウェア部隊を分離してクラリス社を設立した。自社内にアプリケーション開発部隊を持たない分、ディベロッパー・サポートに力を入れており、毎月、最新の技術情報やβ版プログラムの入ったCD-ROMを配布している。最近は、日本オリジナルのCDも時々同梱されている。

 IBMも、1年半ほど前から、OS/2で同種の仕組みを提供している。こちらは、SDK、DDK以外に言語やツールも入っている。日本IBMは介在せず、米国にダイレクトに注文できるので話が早い。
 ロータス社もディベロッパーCDを出し始めた。TechNet同様のQ&Aや、Add-IN仕様などのドキュメントが入っている。

 マイクロソフトが今年、新たにVisual C++ Subscriptionというサービスを米国で開始する。その名の通り、VC++関連のコンパイラ、MFCなどのクラスライブラリ、ツール、ドキュメント類を、CD-ROMで3回アップデートする仕組みである。料金は3回分で499ドル。

 Macの世界では、PowerMacの登場とともに彗星の如く現れたC++コンパイラ、Code Warriorがこのようなアップデート価格込みで販売されている。最近のOSは、OLE2のように、クラスライブラリを使わないとプログラミングが不可能なものとなっており、今まで以上に開発ツールとOSが密接になっている。そのため、最新情報を瞬時に提供する必要が生じているのである。

 MSDNはVol.5から日本でのサポートが開始された。VC++ SubscriptionはVol.2あたりからのサポートを期待している。ビル・ゲイツは「アメリカの利益」などの古めかしい事は考えていないので、世界同時発送でこれらの開発環境とツールが入手できるのである。

 日本のWindowsディベロッパーの皆さん。資料も環境もすべて揃っているのです。あとは、皆さんの叡智で、米国やシンガポールやロシアのWindows技術者との競争です。
 世界同時スタートです。「よーい、ドン」


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