Windows HeartBeat #19 (1995年6月)
OLEみんなで渡れば怖くない(後編)

 去る3月15日、日本アイ・ビー・エムは東京・品川の新高輪プリンスホテルの巨大会議場「飛天」でOS/2 Warpを発表した。1500名のパソコン業界人を前に各種のプレゼンテーションが行われたが、その中で出色だったのが日本アイ・ビー・エム取締役副社長 石田 清二氏のものであった。

 氏のテーマは「先進プラットフォームとしてのWarpの優位性、将来性」、持ち時間は45分。そのほとんどを、「SOM/DSOM」、「OpenDoc」そして「Taligent」の説明についやした。デモンストレーションでは、何とC++言語プログラムを巨大な3面のスクリーンに映しだし、「只今コンパイル中です」などと説明した。

 SOM(System Object Model)はオブジェクト管理用の開発環境(クラスライブラリ)である。C++のみならずSmall Talkにも対応し、IBMらしくOS/2、Windows、AIX、OS/400などのプラットフォームで稼動する。OpenDocは複合文書アーキテクチャで、CIL(Component Integration Laboratory)というIBM、Apple、Novell、Sun、Oracleなどが加盟した協議会が策定した仕様である。TaligentはIBM、Apple、HPが設立した会社で、当初、次世代OSの開発を行っていたが、最近、Common Pointというフレームワークの集合体を発表した。ビジネス用部品ソフトウェア群であるCommon Pointを組み合わせて簡単にシステム構築が行なえるという触れ込みである。

 ソフトウェアの階層の区切り方は違っているが、SOMはマイクロソフトのVisual C++標準クラスライブラリMFC、OpenDocはOLE2、Common PointはWOSA(Windows Open Services Architecture)などのOLEコントロール(OCX)による部品群に相当する。

 つまり、石田副社長は1500名の参加者に対して、Warpの次に控えるオブジェクト指向OSを説明した。参加者の数パーセントしか理解できないであろう話に、自分の持ち時間のほとんどを割いたのである。

 なぜか。それは、IBMがオブジェクト指向OSの概念を提唱した本家であるし、これによって、ソフトウェアの真の部品化が可能となり、アプリケーションシステムの生産性が飛躍的に向上するからである。

 この、次世代OSの「概念」への対応は、マイクロソフトも素早かった。1993年12月、カリフォルニアのアナハイムで開催されたWin32 Professional Developers Conferenceで、オブジェクト指向OSの核となるOLE2について詳細な説明を行った。日本からの参加者は、「これはもうOSですね」と感想をもらしていた。その通り、OLE2はOSなのである。OSだからファイルシステムも備えている。Wordの文書はテキスト化すればRTF(Rich Text Format)となるが、普通に保存されたものはOLE2が管理するファイルが作られる。

 OLE2は、オブジェクト指向OS「Cairo」を目指してWindows 3.1に仕込まれた、新しいソフトウェア環境への橋渡しを行う機構である。マイクロソフトにとって「OLE2の推進」は取りも直さず「次世代OSの覇権を握る」こととなる。
 そのため、OLE2を使用するためのクラスライブラリをMFCに入れ、そのMFCをBorlandやSymantecなどの競合言語サプライヤーにも開示し、Mac版のOLE2を作り、WOSAをOLEコントロール(OCX)化し、データベース・インタフェースであるODBCもOCX化している。Office系アプリケーションには、OCXを使うための仕組みであるVBA(Visual Basic for Applications)が入り、また「ワードアート」、「グラフ」などのOLEサーバアプリケーションを貼り込むことができる。32ビット版であるOffice 95には、OCXを貼り込むためのコンテナ機能も装備され、マイクロソフトが出荷するすべてのソフトウェアは、OLE2と何らかの関係を持っている。

 今、パソコンOSは第二世代から第三世代への過渡期にある。
 第一世代はCP/MやMS-DOSなどのディスク管理OSである。フロッピィ・ディスクやハード・ディスクを効率良く管理するだけで、10年前のOSは事足りていた。画面に標準サイズ以外の文字を出すことも、線を引くことも、プリンタを使うことも、すべてアプリケーションソフトウェアの責任であった。

 第二世代はMac OS、WindowsなどのGUI OSである。グラフィカルなユーザ・インタフェースを提供し、フォントやデバイスを管理し、いとも簡単にDTPソフトが作れる仕組みがOSに組み込まれた。

 第三世代はCairoなどのオブジェクト指向OSである。ユーザはファイルのありかを気にする必要がなくなり、OSとアプリケーションの境界も薄れてくる。まさにInformation At Your Fingertips、つまり、指をパチンを鳴らすだけで、得たい情報が手に入るのである。

 第一世代OSで、マイクロソフトは何もせずに名声を手にした。CP/M互換の16ビットOSを買い取って、IBMに販売したのである。それにUNIX風の階層ディレクトリを追加して、MS-DOSは主流となった。

 第二世代OSで、マイクロソフトはたくさんのお手本を見ながら、Windowsを作った。初代Macが出荷された84年1月から遅れること1年11ヵ月、85年12月にWindowsバージョン1.0は出荷された。ただし、それから5年間の研究開発の末、まともに使えるWindowsが出たのが90年5月である。そして、多くの名声と多くのお金を手に入れ、コンピュータ・テクノロジーの最前線に立ってしまった。

 第三世代OSで、マイクロソフトは技術的にもマーケティング的にも先頭に立っている。見習うべき何物も存在しない。オブジェクト指向OSという未開の原野を、自らの手で切り開かねばならない。

 OpenDoc連合も先達に敬意を表して、OLE2互換を表明している。しかるに、我々Windowsディベロッパーは一丸となって、マイクロソフトの戦略に沿って、OLE2対応ソフトやOCXを作成し、何が問題なのか、何が不足しているのかをマイクロソフトと共に考るべきである。A社のOLEサーバが、B社のOLEクライアントに貼り付かない、なんて当り前である。なぜ貼り付かないかを考える過渡期なのだから。

 みんなで未開の大地を渡っていきましょう。みんなで渡れば怖くない。

 OLE2を使用したアプリケーション例:Mr.Postman V4
 OLEクライアントとなっており、ハガキにグラフやワードアートの加工した文字が貼り付けられる。
 画面はサウンドを貼り付けた例。
 ハガキにサウンドやデジタル・ビデオがOLEで添付できるが、印刷したハガキから音が聞こえるわけではない。


「最後までお読みいただき、ありがとうございました」