読売オンライン トレンドインタビュー 2003年12月26日
 2004年は電子書籍元年 市場育成の支援組織を結成

以下のインタビュー記事は、2003年12月26日から1年間、読売オンライン トレンドインタビュー〔http://www.yomiuri.co.jp/net/interview/〕に掲載されたものです。読売新聞社さんのご好意により、以下に転載します。

下川 和男(しもかわ かずお)
電子書籍ビジネスコンソーシアム事務局長


1952年、佐賀市生まれ。1982年、ソフト開発会社のエイセルで日本初のMS−DOSワープロ「Jword」の制作に参加。1985年、ソフト開発会社のイーストの設立に参加し、現在、常務。Windowsコンソーシアム副会長、日本電子出版協会理事、XMLコンソーシアム理事など業界団体での活動も多い。


【松下、ソニーが相次ぎ事業化を発表】

―― 松下電器産業とソニーが、電子書籍端末を出すことを相次いで発表しました。
下川 先日、アメリカのサンノゼに行って来たのですが、どうして今ごろ日本では盛り上がっているのかと、原始的な質問をされてしまいました。欧米では、1999年から2000年にかけて、シリコンバレーのベンチャーが電子書籍端末を開発したり、マイクロソフトやアドビ社も電子書籍の読書ソフトを出すなど、いろんなチャレンジをしました。しかし、2002年から2003年にはその機運もきれいにしぼんでしまって、中には消えてしまった会社もあります。そう簡単には、グーテンベルク以来の550年の歴史を変えるのは難しいというのがわかったのです。そういう失敗事例があるにもかかわらず、どうして今、日本で電子書籍端末を開発しようとするのかということです。

―― 日本で盛り上がっている理由はどういうことでしょうか?
下川 理由は3つあると思います。まず一つは、電子辞書の成功があります。電子辞書は2002年の年間売り上げ台数が300万から400万台ともいわれ、紙の辞書の売り上げ規模を上回ったといわれています。電子辞書の成功を受けて、電子書籍の開発をしているのです。
次の理由は、電子書籍端末を開発する技術は日本が得意としている点にあります。実際、デジカメ、スキャナーをみても、日本のメーカーが世界市場の7、8割を占めています。
 三番目の理由は、中国です。2002年のフランクフルトのブックフェアに行ったときのレポートにも書いたのですが、中国は大型書店が北京や上海にできており、本を読みたいというニーズが非常に高くなっています。しかし、なかなか紙が作れない。日本の古紙が結構流通しているが、それでも足りない状況といいます。そこで中国は、デジタル化しようかということになっているのです。まずは電子教科書をやろうと、中国政府が方針を出しています。松下電器さんは北京大学と電子教科書の分野で提携しています。
 中国には、紙パルプを大量生産するインフラがなかったから新しいテクノロジー、すなわち電子出版を取り入れようとしているのです。実は、同じようなことが電話で起きました。固定電話網が構築されていなかったから、中国政府は携帯電話の普及方針を出したのです。その途端、中国は世界一の携帯電話市場になったのです。きっと電子書籍端末も伸びていくと思います。

―― 1999年に電子書籍コンソーシアムが行ったように、日本では過去に電子書籍の実証実験はあったと思います。
下川 私も日本電子出版協会のメンバーとして参加しましたが、事業化できなかった点では当初の目標は達成できませんでした。しかし、実証実験が出版業界に与えた影響は大きかったと思います。これから電子化に進むということを示した意義はありました。


【液晶性能、端末の軽量化・・・技術レベル向上が背景】

―― 事業化できなかった理由は何でしょうか?
下川 時期尚早だったということです。あのときの読書端末と松下電器さんが発表している電子書籍端末「Σ(シグマ)ブック」と比べるとわかると思います。液晶画面の性能が違いますし、電池での駆動時間は短く、しかも端末は重かった・・・。今でこそ、SDカードやメモリースティックといった外部記憶装置が発達してきましたが、当時はまだそういったものがありませんでした。

―― 2003年9月に設立した電子書籍ビジネスコンソーシアムの狙いは何でしょうか?
下川 今回は、Σブックが発売され、東芝さんもプランをお持ちなので、それらをビジネスにするようなお手伝いをしようということです。ですから、会の名称を「電子書籍ビジネスコンソーシアム」にしたのです。出版社、書店、コンピュータメーカー、ソフト会社にしても、ビジネスにしないと意味がないのです。一般的なコンソーシアムと違い、特定の規格を推進するわけではないのです。Σブックだけを支援する組織でもありません。日本の電子書籍を世界に広げて、ビジネスになるお手伝いをするのです。

―― 12月下旬でどのくらい会員数がいるのですか?
下川 79社にご参加いただいています。出版社、書店、印刷会社、メーカーさんのほか、電子書籍をネット向けに開発している会社などベンチャー企業も結構、入っていますね。

―― どんな活動を行っているのでしょうか?
下川 2004年1月から、いろいろな部会のメンバーを募集しようと思っています。制作技術部会というのがあり、コンテンツを制作する会社に対して、Σブックで読めるようにするためのデータ制作ツールを提供する環境を整えようと考えています。まだ出版社さんの参加が少ないのですが、出版社としてはコンテンツを電子化して売れるのかどうかがわからない、制作コストもわからない、それをこの部会で明確にしていこうと思っています。

―― 松下電器だけでなく、ソニーも電子書籍端末を2004年春に発売すると発表しましたが、どう思われましたか?
下川 よかったなあと思いました。また、松下対ソニーという構図になりましたので(笑)。切磋琢磨してお互いいい影響を与えて欲しいですね。

―― 松下のΣブックとソニーの電子書籍端末の違いについて教えてください。
下川 Σブックは見開きになっているのに対し、ソニーの電子書籍端末は片面です。コミックマンガでは見開きを前提に描かれているのもあります。また、Σブックの当初のサービスは、本のイメージをそのまま見せる方式で、テキストデータを表示させるソニーの電子書籍端末とは大きく違います。イメージで見せる方が、製作コストは10分の1ぐらいで済みます。


【日本発で世界の電子書籍市場を立ち上げる】

―― あえて本のイメージを見せる方式を採用したのはどうしてでしょうか?
下川 欧米は出版の制作過程で、パソコン上で編集作業するDTPシステムが一般化しています。日本でも雑誌はそうなっているケースは多いのですが、まだ本の出版ではDTP化が進んでいません。DTP化が遅れている関係で、イメージで見せる方式を採用した意義があるのです。それに、日本はコミックの分野で世界をリードしており、漫画の配信はイメージとなります。

―― Σブックの特長は何ですか?
下川 通電しなくても表示が記憶される特殊な液晶画面を使っているので、単三電池2本で3か月以上持ちます。電源のON、OFFボタンすらないのです。

―― デメリットは?
下川 画面のコントラストが弱いので見えずらい面があります。モニターした方から、520グラムというのはまだ重いという声もありました。

―― 端末の価格ですが、松下、ソニーの端末とも4万円弱で同じです。
下川 3、4年先のことを考えると、普及するには1万円前後にならないかなあと思います。

―― 本自体の単価についてはどうなるでしょうか?
下川 アメリカの場合、ペーパーバックだと6、7ドルするものが、電子化したものだと5、6ドルで買えます。紙の分だけ安いという値付けです。日本の電子本書店では、書籍の半額というところもあります。これは、日本の電子本書店の真剣さの表れだと評価しています。

―― PC、PDA、携帯電話向けのコンテンツが売れています。追い風になっていますか?
下川 どんどんコンテンツが増えていますが、全体で数万円程度で、まだまだ少ないと思います。現在買える紙の本は60万件あります。10年後、60万の3分の1の数になることを期待しています。

―― 2003年11月中というΣブックの発売が遅れていますね。
下川 コンソーシアムの総会で11月中の発売と発表しましたが、遅れているのは事実です。松下さんにはなるべく早く出して欲しいと思っています。

―― 松下もソニーも2004年に電子書籍端末を発売するとなると、2004年は電子書籍元年になりそうですね。
下川 紙から液晶へという流れは進むと思います。日本と中国で、電子書籍端末市場が立ち上がってこないと、世界の電子書籍事業は相当遅れることになります。中国市場を背景にした日本メーカーの電子書籍端末事業が成功しないと、電子書籍端末の世界での普及は当分ないと思います。