電子書籍ケーススタディ 26
 WebとCDを同時に作る =音楽中辞典=
イースト株式会社 下川 和男

 音楽が趣味なので、音楽関係の辞書つくりは、たいへん楽しく行っている。1月号でご紹介した、『世界最大の音楽事典 =GroveMusic.jp=』も、2年がかりの大規模プロジェクトであったが、やりたい機能を、ほぼ組み込むことができた。
 今回は、音楽之友社さんの『新編:音楽中辞典』をCD-ROMとWeb版で制作したので、ご紹介する。

音楽中辞典とは
 音楽中辞典は、新編と冠しているとおり、昨年完成した最新の音楽事典である。A5判、2段組、894頁で、西洋音楽、日本音楽、民族音楽、ポピュラー音楽の全分野をカバーし、音楽用語、楽器名、人名、曲名など約8000項目、そして具体的な楽譜例や楽器の図版なども約400点入っている。
 一般の音楽愛好家からアマチュア音楽家、音楽大学の学生から研究者まで使える辞典に仕上がっており、執筆者も総勢170人、各分野の第一人者の学者や研究者の方々が参加されている。

開発方法
 音楽中辞典は、以下のような手順で、Web版およびCD-ROM版の開発を行った。

 FileMakerデータ
      ↓
 DicX(XML)データ + 画像データ + 音声データ
      ↓
 .EXI(BTONIC)データ + XSL:スタイル
      ↓            ↓
 Web版で仕様検討、動作確認、データ検証
      ↓
 CD-ROMマスターの作成

 まず、音楽之友社さんよりデータ管理ソフト「FileMaker」で作成された辞書データをいただき、JavaScriptを使ったXML変換ツールを作って、辞書XMLスキーマであるDicXへの変換を行った。
 「新編」らしく、辞書コンテンツがしっかりパソコンで管理されていたので、助かった。これが、「CTSデータしかありません」、「印刷所にSGMLがあると思うのだが・・・」などから始まると、一苦労する。
 辞書のXMLデータに、別途提供していただいた、譜例、楽器のイラストなどの画像データを加え、紙の辞書では表現できない音声も、WAVEとMP3形式で130点が追加された。これらのコンテンツを、XML全文検索エンジン「BTONIC」のデータ生成ツール「LaBamba」で、インデックス生成し、1本の巨大はファイルにまとめ上げた。
 開発を依頼されたのは、CD-ROMマスターの作成であったが、これをイーストでは、「Web版を先ず制作し、2社で稼動確認や検証、仕様検討などを行い、Web版を完成させた後、CD-ROM版を作成する」というルートで開発した。
 BTONICでのWeb版辞書検索サイトの構築は「プロトタイプ方式」を採用しており、通常、受注後1ヶ月以内に試作サイトを客先に公開し、メーリングリストを使って、「ああでもない、こうでもない」と議論して、最終形を作っていくのであるが、今回、ここで一苦労が待ち受けていた。
 発注者である、音楽之友社の飯尾洋一さんは、クラシック音楽ファンには広く知られている日本最大のクラシック音楽ポータルサイト「Classica」の主宰者で、書籍編集にもインターネットにも精通されている。プロトタイプ版に対する矢継ぎ早の要望を、イーストの担当者がドンドン処理していく内に、予定の作業工数を遥かに上回ってしまった。途中で私がギブアップ宣言をしたが、飯尾さんにしてみれば、書籍の校正と異なり、要望する機能や表現が数時間内に実現する、Webとメーリングリストを使った開発は、さぞや、心地よかったであろう。
 こうして、ドヴォルザーク、ドボルザーク、ドヴォルジャークのような表記の揺れや、「マーチ」で「行進曲」をヒットさせるなどの同義語処理、関連項目間リンク、強力な全文検索、音声生成、見やすいレイアウトなどが実現した。
 レイアウト情報は、XSLというスタイル定義で行っているが、Web版で作り上げたBTONICデータとXSLをそのまま使って、CD-ROM版を構築した。
 インターネット技術をご存知の方から、「いったい、どんな方法?」と聞かれそうだが、企業秘密である。兎に角、XML全文検索データとXSLが完成すれば、すぐにCD-ROM版も完成となり、Web版と同じデザインや画面遷移でWindowsパソコン上の単独アプリケーションとして、辞書検索が可能となる。

ワンソース・マルチユース
 FileMakerデータを元にして、書籍とCD-ROMが完成し、販売が開始されたが、制作の過程で立派なWebサイトが完成してしまった。「これも売ろうよ」ということになり、凸版印刷のBitWayにお願いして、辞書メニューに加えていただいた。
 書籍版5,500円、CD-ROM版7,600円に対して、Web版は毎月300円に設定されている。
 サンプルサイトも用意されているので、是非、訪れていただきたい。

音楽コンテンツの今後
 イーストとしては、今後、以下のような音楽コンテンツのXML化や配信を計画している。
・GroveMusicの日本語版、英語版串刺し検索
 これは4月に実現させたが、1月号でご紹介した「ニューグローヴ世界音楽大事典Web」に、英国の本家「GroveMusic.com」をリンクさせ、日本語版と英語版の串刺し検索を実現させた。
・CD情報の配信
 米国のAll Music Guideのファンなので、これの日本語版サイトが作れないかと画策している。ボランティア・ベースのCD情報データベース「CDDB」の動向も気になっている。
・作品解説データベース
 楽曲やオペラを解説した書籍は多数出版されているが、これらをインターネットで検索し、読めるような仕組みを構築したい。
・楽譜のXML化
 楽譜をPDFや画像で表示するのではなく、XML化して、音楽を再生したり、楽譜を生成するXMLの提案が日米で個別になされているので、その普及も、お手伝いしたいと思っている。


 楽譜XML化の件で、先日、飯尾さんが来社され、XML担当の渋谷と初めて会い、名刺交換を行った。二人は3ヶ月間で400通近いメールのやり取りを行って、音楽中辞典が完成させたのであるが、この日が初対面であった。

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Kazuo Shimokawa [EAST Co., Ltd.]