旅の記録 1993年12月13日〜17日 Anaheim
Win32 PDC

 昨年12月13日から17日までの5日間、ロサンジェルス近郊のディズニーランドで有名な街、アナハイムで、マイクロソフト社のプロフェッショナル・ディベロッパーズ・コンファレンス(PDC)が開催された。
 このコンファレンスは、毎年不定期に開催されているもので、今年で大規模なPDCとしては3回目、OLE2やNTのDDKコンファレンスを含め5回目の催しである。
 今回のテーマは「Chicago」。 Windows3.1の次バージョンである。 IBMが「OS/2 2.1」やChicago対抗をむき出しにした「OS/2 for Windows」で気を吐いているためか、今年は機密事項が多い。 コンファレンスの申込時に、Non-Disclosure Agreement(NDA:機密保持契約)が必要な催しであると記されており、事前にNDAを提出しなければならなかった。 コンフェレンスの技術的な内容について、衆知の事実以外は漏らしてはならないとの事。 以下、コンファレンスの雰囲気を中心にして報告する。
 会場は、ディズニーランドから2ブロック離れたコンベンション・センターと、隣接するヒルトンホテル、マリオットホテルを使用して行われた。 冬のアナハイムはホテル代も100ドル以下と割安である。 12月とはいえ、サンフランシスコに比べ、アナハイムはロサンジェルスの南なので温かい。 風は冷たいが、太陽が照れば半袖のTシャツでも過ごせる。 もっとも朝と夜はコートが必要だが。
 コンファレンス料金は、3食付きで1095ドル。 早期登録割引きが995ドル、以前PDC参加者は895ドルである。 10万円近いセミナー代だが、システムと開発キットが入ったChicagoPDK CD-ROMやたくさんのツール類がもらえるし、今後たくさんの技術資料がエアメールで送られてくる。 前回のコンファレンスの際にも帰国後、Mac用OLE2のβ版などの資料がシアトルから直送されて驚いたが、今回もChicagoアプリケーション開発のための資料が期待できそうである。

プレ・コンファレンス
 正式な開催は14日火曜日からであるが、月曜日午後から、プレ・コンファレンスとして、5時間みっちり、セミナーが開催された。 OLE2、C++とMFC、マルチメディアの3コースがあり、どの会場も立見が出るほどの盛況で、概算だが、順に2000人、1200人、800人ほどの入りである。
 OLE2を聞いた。 講師はマイクロソフト・プレスから「Inside OLE2」という本を出したばかりのクレイグ・ブロックシュミット。 プログラム間インタフェースであるOLEも、2.0で大きく改定され、複合ドキュメント、コンテナとサーバーという概念や、ドラッグ・アンド・ドロップとの連携、マクロ言語による自動化、ファイルシステムの構築など、サブシステムと呼ぶには大きすぎる機能を持っている。
 今後、オブジェクト指向OS「Cairo」を睨んで、分散オブジェクトの概念を持ち、Cairoのシステムインタフェース(API)に成長していくのであろう。 Cairoが出現したときに、新規のオブジェクト指向OSだからといって、新規にアプリケーションを作る必要はなく、OLE2対応のアプリケーションをC++とMFC2.5で書いておけば、スムーズに移行できるはずである。
 夕方からレセプション。 数千人のプログラマが会場のヒルトンホテルに溢れた。 ジーパンに薄汚れたTシャツそして長い髪。 第1回目のPDCからのキャッチフレーズである「No Neckties. No Sales Pitches. No Beginners.」を地でいく連中ばかりである。 ディズニーランド観光で訪れた日本人客が、この異様な光景に目を白黒させていた。

ビル・ゲーツのキーノートスピーチ
 12月14日、8時20分、ホールCでパサパサの朝食を食べた後、キーノートの行われるホールAに向かった。 3000人以上が入る大きな会場には、ちゃんと机が付いており、ゆったりと座れる。 トーキング・ヘッズの古い曲が流れている。 マーチング・ビートに、高揚させられる。 昨年はたしかクイーンがかかっていたっけ。 8時30分、ビル・ゲーツの登場である。
 先ず、この数年間でのハードウェアの急速な進歩を説明してくれた。 486が15から45MIPSであるのに対して、Pentiumは100MIPSを越えている。 94年7月には、1500ドルで、CD-ROMドライブ、ハードディスク500MB、RAM16MB、Pentium搭載機が販売されると予測している。 17万円弱である。 7月とはっきり言い切っているのには、何かありそうだ。 コンパックと裏で話がついているのであろうか。
 いつもセミナーに登場する、コンピュータ産業の構造変革、縦割りのメインフレーム・メーカー型から、横割りの、CPU、周辺装置、OSなどコンポーネント毎に専門の会社が存在するパーソナルコンピュータ型への変化を説明し、マイクロソフトもパソコン系ではなく情報システム系のDatamation誌の情報システム会社トップ20の末尾に入ったことを報告した。 1位はIBM、2位は富士通である。
 OSに求められる機能として、95年に分散DB、音声認識、手書き認識、96年には自然言語処理、ビジネスルールを挙げていた。 ビジネスルールは、リポジトリつまり、業務の内容を処理モジュールとして、DBデータに組み込むものである。 また、OLE2.0を今後のOS戦略の核に位置付け、オブジェクト指向OS、Cairoへとつながる道を示してくれた。
 ディベロッパー・コンファレンスということで、開発者向けの話も多かった。 サポート体制を整備し、低価格でロイヤリティフリーのSDKや技術資料をCD-ROM配付することや、Compuserve、Internetでの技術資料の配付と質問の受け付けそして、Mac、unixなどのマルチプラットフォームへの対応、そしてソリューションプロバイダー制度などを紹介した。 ディベロッパーも今後区分けが成され、C++を使ってオブジェクトを作る「コンポーネント・ビルダー」、OLE2を使用した汎用モジュールを作成する「アプリケーション・ディベロッパー」、そしてVisual Basic for Applications(VBA)などを使用して業務処理システムを構築する「ソリューション・ビルダー」に分類している。 後者は、今まで存在しなかった、新しいタイプのソフトウェア開発者である。
 将来のコンピュータ社会については、マルチメディアとネットワークを中核として、マルチメディアには既存データ、印刷物、映像、放送が集約され、ネットワークには既存のLAN、電話、ケーブルテレビ、衛星放送などが取り込まれると、これもおなじみのビジョンが示された。
 21世紀のデジタル・ワールドを紹介するプロモーションビデオも流されたが、モノクロの古いハリウッド映画のような体裁で、電話、テレビと統合されたコンピュータを描き出していた。 ビーチボーイズのサーフィンUSAをもじったインフォメーション・ハイウェイのテーマ曲がバックに流れ、「スピーク・ラーク」のジェームス・コバーンや大統領候補だったロス・ペローまでが出演する、お金のかかったビデオである。 最近の、ケーブルテレビ会社やAT&Tの子供達であるベル系電話会社、新興のセルラー会社の合従連衡を盛り込むなど、1993年12月の今、何がパーソナルコンピュータのポイントなのかをはっきり示していた。
 いちばん印象に残ったのは、彼が「インフォメーション・ハイウェイ」という言葉をしきりに使った事である。 正の字を書いてチェックしたら、90分のスピーチで、10回使っていた。 米国が描く未来社会の基本戦略を、マイクロソフトも深くコミットしているようである。 米国の情報化政策を担当する副大統領アル・ゴアとビル・ゲーツは、2人とも目標が定まるとツッ走るタイプの人間で、よく似ている。 もっとツッ走るスティーブ・バルマーなんていうのも居るし、意見も合いそうなので、2人が組めば、21世紀のアメリカは、AT&T、IBM、Apple、そしてマイクロソフトと、みんなが見ている同じ夢が現実となるのであろう。
 最近雇った、CRAYの設計者でスーパーコンピュータの権威、チャン博士はどのような仕事を担当するのかとの質問に、さりげなく「情報ハイウェイのサーバー」と答えた時は、恐ろしさすら感じてしまった。
 
マイクロソフトのシステム基本戦略
 上級副社長のポール・マリッツが話をした。 第1回PDCの主役が当時システム部門の責任者であったスティーブ・バルマー、昨年の主役はWindowsNTの開発責任者デイブ・カルター、そして今年はマリッツである。 マリッツは、インテル出身でソフトウェア開発では以前から名の知られていた人である。
 先ず、Windowsの出荷本数に触れ、4000万本売れ、現在も月に150万本出ているとの事。 94年前半には5000万本。 日本人に換算すると2人にひとりはWindowsを持っていることになる。 ドライバなどを改訂したWindows3.11を1月に米国で出荷するらしい。 NTの日本語版も1月出荷としっかり資料に書いてあった。
 WindowsNTについて、25万本を出荷し、従来unixやミニコンを使っていたサーバーマシンのコストを飛躍的に引き下げたとしている。 確かに、処理効率をコストに換算したTPS値ではSunの1/5、DECの1/30である。 コンパックのサーバマシンProLiantも売れているようだ。 次のNTとして開発名称「Daytona」と呼ぶ改訂版を94年6月末までに出荷するとの事。 NetWareクライアント機能、メモリサイズの縮小、性能向上、OpenGL、複数Win16アプリのマルチスレッドでの稼働など、主にワークステーション機能を強化して、OS/2 2.1に歯止めをかける製品である。 ユーザインタフェースはChicago型ではなく、現行のままのWindows型である。 WindowsNT v3.2 程度の機能追加となっている。
 NT(Cairo)、Windows(Chicago)の住み分けについて、NTはサーバー、ワークステーション用で、ユニコードや新しいCPUなどにもどんどん対応する。 Windowsはデスクトップとラップトップ用でインテルチップを使用し少ないメモリでも稼動すると位置付けている。 双方に共通したユーザインタフェースと開発ツール、コネクティビティを保証するとの事。
 本題のChicagoについて、MS-DOSとWindowsとWindows for Workgroupsを一つのパッケージに入れ、DOSを不要にしたと語り、技術的には、完全な32bitOS、OLE2、新しいユーザインタフェース、プラグ・アンド・プレイ、プリエンプティブ・マルチタスクなどを特徴としている。 94年末までに出荷する予定で、来年秋のコムデックスで発表、出荷との噂が流れている。
 開発者へのお願として、Win32APIおよびOLE2の使用を呼びかけていた。 このコンファレンスのタイトルに「Win32」とあるように、新しい32ビットのアプリケーションインタフェースを使用すれば、現行のWindows3.1(実行用のDLLが必要)、Chicago、WindowsNT、Daytone、Cairoで稼動する単一の実行ファイル(EXE)が作れる。 OLE2については、将来のオブジェクト指向OSへの道として、アプリケーション間連係に留まらず、もっと小さなモジュール単位での連係を目指しているようだ。
 スピーチの途中にデモンストレーションが行われたが、NECのマシンが目を引いた。 ひとつはプラグ・アンド・プレイの説明でのノート型のUltraLite Versa。 PCMCIAのCD-ROMインタフェース・カード差し込むと、すぐにCD-ROMドライブのファイルウィンドウが表示される。 PC-98へのプラグ・アンド・プレイ技術の移植は大変な作業であろうが、こちらはIBM PCアーキテクチャなので、Chicagoの標準品でそのまま稼動している。 NTのデモでは話題のRISCマシンVR4400/133MHzが登場し、Excelのグラフや表を連続表示させるデモを行ったが、目にも止まらぬ画面速度に、会場内に驚きの声が上がった。
 この後、4日間、OLE2、Win32、Chicago、デバイスドライバー、VC++、MFCなど130ものセッションが開催された。

デジタル未来の具体化に向けて
 これが、最終日に行われた次世代技術研究のディレクター、リチャード・ラシッドの講演テーマである。 彼は、元カーネギー・メロン大学(CMU)の教授で、NeXTなどが採用した、UNIXを改造したマルチタスク・リアルタイムOS、Machの開発者として有名である。 91年からマイクロソフトに勤務しており、未来のコンピュータ社会を設計している。 えらく明るい人で、身振り、手振りを交えた語りも巧い。 自分で言ったジョークで、自ら笑っている。 スピーカーは赤いポロシャツを着るルールになっており、見かけたら、どこでも捕まえて質問をぶつけていい事になっているが、彼のみネクタイ姿で登場した。 着替えようかと思ったが、私にWindowsの質問をされても何も答えられないのでネクタイのままにした、と言っていた。
 先ず、ハードウェアの動向について、CPUの性能が指数的な伸びを示しており、「西暦2000年のテレビ」には、現在の最高速グラフィック・スーパーコンピュータ以上の処理が可能となり、「2000年のおもちゃ」は、現在の最高速ワークステーション以上のプロセッサが入っていると予測している。 今後の半導体技術の中で、CPUの進歩が際だっている。 メモリやハードディスクに較べて、CPUがダントツで性能を上げてしまうのである。
 これにより、情報の一点集中が進み、コンピュータデータ、印刷物、ビデオ、テレビなどは光記憶装置に集約され、LAN、衛星放送、電話などは高速通信網に集約されると見ている。 この集約化により、パーソナル・コンピュータ・メーカ、パソコン・ソフト・メーカ、情報出版社、電話会社などが、LPレコードや、タイプライタ、真空管と同様に消滅する。
 従来のコンピュータは姿を消し、将来は財布型コンピュータと、コンピュータ内蔵のテレビの2つに集約される。 財布型には、電話、FAX、電子メール、音声入力、テレビ電話、テレビ、クレジットカード、IDカード、パスポート、銀行端末にような機能が入るのであろう。 GPS(衛星による、位置確認システム)によるナビゲーションも、機能として挙がっていた。
 2000年のデジタル社会のための基礎技術として、時間の概念が入った4Dグラフィックス、時間軸で動くコンピュータそして、世界規模の膨大なデータの処理システムの3点を指摘していた。
 最近、マイクロソフトは研究調査部門を充実させており、世界の頭脳をシアトルの集めるつもりのようだ。 現在、マイクロソフトはコンピュータのOS会社であるが、今後すべての情報機器を手中に納める気でいる。 ビル・ゲーツもまだ30代、結婚して丸くなるどころか、どんどん先を尖らしてツッ走っている。

 こうして、5000人の参加者、6000枚のPowerPointスライド、130のセッション、85000枚のクッキー、軽トラック4台分のソーダ水を費やしたWin32PDCは無事終了した。 最後には、6000枚のスライドが入ったCD-ROMや、32ビット版OLE2βのCD-ROMまで配られた。 合計4枚のCD-ROMが配布され、情報の山を日本に持ち帰った。
 今回の日本からの参加者は約70人。 第1回PDCは2人、昨年は30〜50人程度と思われる。 5000人中の70人、これが日本のパソコン・ソフトウェア技術の現状であろう。
 次回こそは、数百人が日本から参加するようなコンファレンスにしたいと思い、NDAを横目で見ながら、このレポートを書いた。 「マイクロソフトが何を考えているのか、これからどうしたいと思っているのか」を正確に理解することが、ソフトハウスにとってはビジネスチャンスにつながり、企業の情報システム部門にとっては少ない投資でシステム開発を行なう最良の方法となるのだから。

Microsoft Professional Developers Conference
開催日名称開催地参加者数
1991年8月Windows3.1 PDCSeattle2,000
1992年7月Win32 PDC featuring WindowsNTSanFrancisco5,000
1992年NT DDK Developer ConferenceAnaheim
1993年5月OLE2.0 Developer ConferenceSeattle2,000
1993年12月Win32 PDC featuring ChicagoAnaheim5,000

Kazuo Shimokawa [EAST Co., Ltd.]