Frankfurt Book Fair 2001.10.10-15
 イーブックは、更に、深く静かに

 以下のレポートは、「出版ニュース」2001年11月下旬号に掲載された「フランクフルト・ブックフェアとインターネット出版 =イーブックは、更に、深く静かに=」に加筆し、リンクと写真を入れたものです。

イースト株式会社 下川 和男

 今年も10月10日火曜日から15日の月曜日まで、フランクフルト第53回ブックフェアが開催された。9月11日のテロの影響で、出展や来場に影響が出ると思われたが、例年通りの盛況であった。
 電子書籍やインターネット出版関連では、昨年マクミランサイモン・アンド・シュースターマイクロソフトアドビジェムスターなどが華々しく発表した新しい読書環境が、まだ市場に受け入れられず、昨年よりも低調であった。しかし、水面下では、インターネット出版に関連した新しい会社が続々と登場し、読書ソフトもバージョンアップされて、インフラの整備が着々と進んでいる。

今年のブックフェア
 11日3時ごろ、英米の巨大出版社並ぶ8号館を歩いていたら、大きな声でドイツ語そして英語の館内放送があり、何事だろう思っていたら出展者も来場者も立ち止まって黙祷を始めた。我々アジア人だけが一瞬、何事か理解できないでいたが、みんなうつむいているので、お付き合いした。ニューヨーク、世界貿易センターのテロから、ちょうど一ヶ月が経っていた。
 テロの影響で、9月下旬にサンフランシスコで開催されたシーボルトというインターネット出版の展示会はガラガラ、飛行機も6割くらいの入りだった。フランクフルトも閑散かと思ったが、行きのルフトハンザ便は、経営危機に陥ったベルギーサベナ航空とスイス航空の影響で、超満員。ブックメッセも「テロに負けるものか」という世界の出版人の心意気で、活況であった。
 出展登録者数は105ヶ国6700社、そのうちキャンセルは米国の34社を含めて56社であった。日本の出版社は10数社がキャンセルした。米国の34社は、広大な会場に分散しているので目立たないが、日本は、6号館の日本コーナーに集中しているため、日本コーナーが半減し、えらく目立ってしまった。
 来場者数は、土曜日の夕方までで、24万7千人ということで、昨年より14パーセント少なかった。

Sバーンからの会場入口会場はこの何十倍もの広さ新しくなった3号館 内部も斬新

マレーシアと中国ブース日本共同ブースキャンセルが目立つ お断りパネルも

ブックフェアのインターネット化
 来場者が減少した理由は、テロの影響以外に、インターネットの普及がある。インターネットによって、世界中の様々な情報が、パチンと指を鳴らすだけで、得られるようになり、何もフランクフルトまで足を運ばなくても、版権の売買や世界の出版潮流を知ることができるようになった。
 そのことを主催者側も認識していて、昨年から徐々にインターネットでの情報公開を進めていた。昨年までCD-ROMで提供していた出版社や書籍、バイヤー情報をインターネットの検索サイトとして無料で公開しはじめた。
 ブックフェアのホームページにはフランクフルト・カタログ、フランクフルト・ライツ・カタログ、フランクフルト・フーズフーという三種類のデータベースが入っており、誰でも自由に検索が行える。カタログは出展者一覧も兼ねており、110ヶ国、7100の出版社が登録されている。ライツ・カタログは版権売買を希望している書籍のオンライン・カタログで2万1千点がジャンルや言語などから検索できる。フーズフーは、1万5千名の出版関係者の名前が並んでいる。すべて会社の住所やホームページのURL、問合せ先のメールアドレスなどが入っている。日本からはカタログに46社、ライツ・カタログに104点、フーズフーに102人が登録されている。このデータベースへの登録は、現状では、出展申込みをしなければならないが、近いうちに、有料登録が可能になると思われる。
 米国のライツセンターという会社が同じようなインターネットを使った版権売買のシステムをビジネスとして行っているが、この会社は米国や日本の図書展を運営している、リード・エクスポが出資しているので、リード・エクスポフランクフルトということで、インターネットを使った出版情報配信の覇権争いが始まっている。
 両社とも、毎日がブックフェアという感覚で、自社の検索サイトを拡充し、常に最新データが掲載されるサイト作りを目指している。インターネットを使って世界中の出版人がコミュニケーションし、七夕の牽牛と織女ではないが、一年に一回オフラインで、フランクフルトに集まり、酒を酌み交わしながら商談を行う、という仕組みが構築されつつある。

テレビ局のライブギリシャ年の展示ギリシャ文明

エレクトリック・メディア
 昨年まで、ずっと4号館で開かれていたエレクトリック・メディアは、リニューアルした1号館で開催された。事前の案内や、当日もらった会場案内にも、1号館の2階と3階の2フロアーと書いてあったが、出展者が集まらなかったようで、2階だけで開催された。しかし、広さは4号館と同程度である。オライリーピアソン・エデュケーションなどが技術書だけのブースをここに出していたり、ドイツ軍が学生向けの大きな宣伝ブースを設けるなど、ごった煮状態であった。
 オライリーはサファリ・ブックスというコンピュータやインターネット関連の技術書のオンライン購読の仕組みを発表したばかりであるが、その展示はパソコン一台だけで、例の動物の線画の表紙が並んでいた。
 CD-ROMの出展は年々減少し、代わりに、インターネットを使った教育システムであるイー・ラーニングやXMLを使ったワンソース・マルチユースの提案やツールのブースが増えていた。

チェコ、ブルノの
辞書検索の会社
XMLを使ったクロスメディア制作XMLをベースとした出版

巨大な印刷機プレスセンター

オライリーのサファリ・ブックス
 サファリ・ブックスはオライリーがピアソンのテクノロジー・グループと共同で始めたプロジェクトで、毎月10ドルでインターネット上の技術書を読むことができる。マイクロソフトやアドビの読書ソフトのように、書籍をダウンロードして、パソコンのハードディスクに入ったものを読むのではなく、ブラウザーで彼らのページにログインして読むオンライン方式で、ログインIDとパスワードの使用料が、10ドルというやりかたである。
 ダウンロード型はインターネットに繋がっていない場所でも本が読めるが、オンライン型は常時接続が前提となる。しかし、今時のコンピュータ技術者で常時接続環境がないことは皆無なので、特に問題はない。それに、古今東西の名著であれば、自分のハードディスクに永遠に保存して、時々読み返すこともあるだろうが、技術書は新鮮さが命である。それに正確でなければならない。オンライン方式の場合、コンテンツがサファリ・ブックスのサーバで一元管理されているので、改版や間違いの訂正も容易である。
 サファリ・ブックスには、ピアソン系のアディソン・ウェスレイプレンティス・ホールキューサムスアドビ・プレスなどの技術書も参加するので、一大勢力となる可能性がある。

イーインクを使った読書端末
 1号館のMEBICという日本の電子出版を世界に紹介する団体のブースに、斬新な読書端末を発見した。見慣れた液晶ではなく、「イーインク」という技術を使っており、液晶のように後ろから光が出るバックライト方式ではなく、一般の紙と同じように自然光で読むことができる。文字や線の輪郭も鮮明で、非常に読みやすい。
 イーインクは、電源を切っても映像が残るので消費電力が少ない、液晶より薄いなどの利点があるが、表示に多少の時間がかかる、今のところモノクロのみ、ということで、読書端末には最適な表示装置である。展示品はA5サイズで厚さ1cm程度、重さは500g以下と、心ときめくデバイスに仕上がっており、製品版の出荷が待ち遠しい。
 日本では、イーブック・イニシアティブ・ジャパン社が、東芝と組んで、見開きの読書端末を、四月の東京国際ブックフェアで展示したが、このようなベンチャー魂が日本の大企業にまだ存在することが嬉しい。
 中国政府が教科書に電子書籍を採用するとの未確認情報や、マイクロソフトがタブレットPCと呼ぶ、板型パソコンの登場などの追い風に恵まれて、来年、読書端末が一気に普及する予感がしている。

イーインク端末GemStarプレス会場にてeBookMan

CEを使った読書端末オンライン書店JustBooks読書端末Myfriend

成長し続ける辞書
 小さなMEBICブースにはもう一つ、面白い展示があった。これはネバーエンディング・ディクショナリーというプロジェクトで、世界中の辞書ウェッブサイトをインターネットで繋いで、串刺し検索を実現しようというものである。
 インターネットの技術は、今、第三世代に入ろうとしている。第一世代は、インターネット黎明期に作られた、電子メールやファイル転送の仕組みである。第二世代がモザイク。そして、第三世代がウェッブ・サービスである。モザイクという単語は、インターネット・スピードの中で忘却の彼方となってしまったが、世界初のブラウザーの名称である。ウェッブ・サーバにHTMLで書かれたコンテンツを置き、それを指定するURLを使って世界中から閲覧できる仕組みは、1993年、イリノイ大学の学生たちによって作られた。
 ウェッブ・サービスは、今年から使われ始めた言葉だが、インターネットに接続された複数のサーバが相互に会話して、一つの機能を果たすという考え方である。このサーバ間の会話に使われる言語が、話題のXMLである。
 ネバーエンディングは、各国の辞書出版社が立ち上げている辞書サーバを、ソープと呼ばれる共通インターフェースで接続し、各種の言語間の辞書引きを実現するもので、辞書サーバの増強や、新しい辞書サーバの加盟などにより、自己増殖的に成長し続ける世界辞書を標榜している。

出版社のイーブック対応
 出版社のイーブック対応は、各社各様であった。昨年、大々的にスタートレックなどのイーブックを発表したサイモン・アンド・シュースターは、カタログ展示もやめてしまった。
 今年の話題はイー・ペンギン。イギリスのピアソン系の大手出版社で、ペーパーバックスで有名なペンギンが、イーブック事業をスタートさせた。当初200点ほどからスタートするとのことである。フォーマットはマイクロソフトとアドビに対応している。価格は2〜5ポンド程度である。
 会場で、ジェムスターとドイツ、ベルテルスマン系のオンライン書店BOLの共同記者会見が行われ、ジェムスターの読書端末を、ドイツでも販売するとの発表があった。年内にドイツ語の書籍千点をそろえて、BOLから販売するとの事。
 ジェムスターの読書端末は昨年のフランクフルトで大きな話題になったが、販売実績は一年間で5万台にとどまった。ビデオ予約Gコードの発明者ヘンリー・ユエン氏もそろそろギブアップかなと思っていたら、逆に攻勢をかけている。来年にはフランスでも千点の書籍をイーブックにして、仏語版を発売する。また、リード・イット・ファーストというプロジェクトを立ち上げ、大手出版社とタイアップして、ハードカバーを出す前にイーブックで販売する、という戦略を展開している。
 今年もイーブック・アワードという催しが開催された。そこで最優秀賞を獲得したイーブックは、フィクション部門がザ・グラス・パレス、ノンフィクション部門がクリプトンという作品である。出版社はランダムハウスとペンギンで、見事に二大出版財閥であるベルテルスマンとピアソンが受賞した。前者はアドビ・イーブック用で21ドル、後者は、ジェムスター用で26ドルと書籍版の21ドルより割高となっている。イーブック・アワードも当初の意気込みは、最優秀賞はイーブックのみで出版された書籍に限定していたが、今年の受賞作は、いずれもハードカバーが先に出版されている。
 イーブックとしては、巨大企業GEジャック・ウェルチ元会長の回顧録が話題になっていた。これはアイ・パプリッシュという電子出版社から出ているが、この会社、AOLタイム・ワーナーの子会社で、出版社の機能をすべてインターネット上で実現させようとしており、興味深い。

タイムワーナーのジャック・ウェルチマクミランeペンギン

新聞大手のトムソンAdobe Readerサイモン&シュースター

マイクロソフト・リーダー 第二版
 1号館には、ドイツのマイクロソフト・プレスが大きなブースを出していたが、その一角で、昨年と同じように、マイクロソフト・リーダーが展示されていた。二週間前のシーボルト・セミナーで、リーダーの第二版が発表されたので、それをご紹介する。
 新しいリーダーは、10月に出荷されるウィンドウズXPに標準添付する予定で開発が進められ、何とかXPの出荷に間に合ったが、日本語版は、少し先になるようだ。新しい機能として、書体やサイズの変更、テキストの流し込み、内部辞書、テキストの読み上げなどが入った。
 内部辞書という機能が面白い。マイクロソフト・リーダーには辞書引き機能があって、現状では英英辞典が入っているが、これとは別に、個々の書籍単位に辞書を付属することができる。この辞書には注釈でも、対訳でも、コメントでも、URLでも入れられるので、紙の本とは違った奥ゆきを持たすことができる。
 また、アドビもフランクフルトでドイツ語、フランス語、スペイン語版のイーブック・リーダーを発表した。日本語版は23日に日本で発表されたが、縦書き、ルビ、外字から右綴じ本まで、しっかりした日本語対応が行われている。

マイクロソフトブースReadereBook Awardの会場

イーブックの取次とDRM配信
 8号館には、昨年同様、ライトニング・ソースが出展していた。この会社は米国の取次大手であるイングラムの子会社で、イーブックの取次を行っている。電子書籍は物ではなくデータファイルだが、書籍と同じように、出版社からの書誌情報登録や、著作権管理機能(DRM)を持ったサーバでのダウンロード、ユーザ書庫の管理などが必要である。アマゾンバーンズ・アンド・ノブルなどのオンライン書店と出版社の間に入って、イーブックの管理や配信、売上・支払い業務を行う取次の仕組みは必要なのである。
 イーブラリーという新進気鋭の会社も出展していた、ここはPDFDRMを加えた配信システムなど、技術寄りの会社で、社長がクリストファー・ワーノックという。どこかで聞いた名前だなと思ったら、アドビの創業者で昨年までCEOを努めていた、ジョン・ワーノックの息子さんであった。
 この分野では、レシプロカルという会社が急成長していたが、出展していなかった。どうしたのかと思ったら、あまりの急成長に売上げが追随せず、リストラに追い込まれているようだ。

ライトニング・ソースワーノックのイーブラリマンガ誌BANZAI

ピアソンとベルテルスマン
 8号館を歩いていると、英ピアソンと独ベルテルスマンという巨大な出版コングロマリットに属する会社をたくさん見かける。 ベルテルスマンはランダムハウス、ピアソンはペンギンとピアソン・エデュケーションというブランドの下に放送局、通信社、新聞を含む、多くのブランドを持っている。
●RandomHouse/Bertelsmann 
 RTL Group 放送 独RTM、VOX、仏M6、英Channel 5、オランダRTL 4、ベルギー、ハンガリー
 RandomHouse 出版(米国) ⇒ Ballantine、Bantam Dell、Doubleday、Crown 辞書Webster
 Grune+Jahr 新聞・雑誌 ⇒ Financial Times
 BMG 音楽 ⇒ NapStar
 Bertelsmann Springer 出版(ドイツ) 70 PublishingHouse
 BeCG(eCommerce Group) CDnow、BOL、Barnes&Noble.com、ドイツAOL
●Penguin/Pearson 30,000人、60ヶ国、
 Pearson Education ⇒ Printice Hall、Addison-Wesley、allyn&bacon/longman、Adobe Press、Cisco Press、Macmillan、QUE、SAMS
 The Penguin Group publishes ⇒ DK
 The Financial Times 
 Reuters ロイター通信社

ピアソンの受付け
ロイターのカメラをもらった
ピアソンのコンピュータ技術書群ランダムハウスの
ブランド群

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