Windows HeartBeat #11 (1994年6月)
ビル・ゲーツに囲まれて(後編)

 ソフトウェア会社にとって、「ビル・ゲーツが逃がしてくれた場所」、それがソリューション・プロバイダー(SP)制度である。SPは、昨年9月、シリコンバレーのサンタクララで、製品担当の執行副社長マイク・メープルスとコンサルティング・サービス担当の副社長ロバート・マクドウェルによって発表された。

 SP制度は、すべてのコンピュータシステムのオペレーティングシステム(OS)を手中に収めるために、ビル・ゲーツが考えた「仕組み」である。エンドユーザ・システムの構築という仕事は、旧来の巨大コンピュータ・メーカーでは、自社のシステム・エンジニア(SE)が担当していた。巨大コンピュータ・システムがクライアント・サーバ型システムに移行し、WindowsがクライアントOSとして標準となりつつある。残るサーバOSについて、WindowsNTを普及させるためには、NTサーバを使ったシステム開発を支援するために、多くのSEが必要である。マイクロソフトが、エンドユーザ・システムのサポートやシステム・インテグレーション(SI)を行なう技術者を自社内で養成すると、結局、社員が10万の桁で増えてしまい、巨大コンピュータ・メーカーのように、身動きが取れなくなる事を恐れたのである。

 このエンドユーザのコンピュータシステムをWindowsNTを主体にして開発する作業を、既存のソフトウェア会社に担当させる仕組みとして考えたのが、技術者認定制度のサーティファイド・プロフェッショナル(CP)と、ソリューション・プロバイダーである。

 サンタクララでの発表時、SP企業としてリストアップされていた会社は、パソコンとは無縁の大手システム・インテグレーターや監査法人系の情報処理会社などであった。その後、米国ではSP認定企業が急速に増加し、1993年末現在1600社以上がSPとして名を連ねている。サンタクララでは、巨大コンピュータ・メーカーであるDECが、世界規模でマイクロソフト製品の技術サポートを行なうという、共同声明も出された。数年前には、考えもつかない出来事である。

 ここ数年、ビル・ゲーツはDOS、Windows、NT、VB、ODBCなどのソフトウェア自体に飽き足らず、コンピュータを中心とした様々な仕組み作りを行なってきた。順に挙げると、以下のようなものがある。

Microsoft Press
 書籍の出版事業。自社のOS、言語、アプリケーションについてのマニュアルやガイドブックの出版を行なっている。ソフトウェア開発キット(SDK)や、C/C++言語のマニュアルなど、1000頁を越えるマニュアル類については、MS Pressから低価格でマニュアルのみの購入が可能となっている。今後、SDKや言語製品はCD-ROM化され、紙媒体はMS Pressから入手することになる。最近、コンピュータ・サイエンス系の硬い本も出し始め、出版社としての体裁も整ってきた。

MicrosoftUniversity(MU)
 ユーザ教育のためのセミナーを行なう仕組みである。既存のセミナー業者を使って、OS、言語、アプリケーション、ドライバーなどについて、決められたテキストとカリキュラムで解説を行なっている。この仕組みは、SP制度の出現により、認定トレーニングセンター(ATC)に変わりつつある。

Professional Developers Conference(PDC)
 オペレーティング・システムや言語、データベースなどマイクロソフト社のシステム系の技術についての、ソフトウェア会社に対する説明を行なう場である。毎年1、2回開催され、次世代OSのβ版が配られ、開発環境などについての突っ込んだ議論が行なわれている。

Hardware Engineering Conference(HEC)
 Windowsに関してハードウェア・ベンダーへの説明を行なうコンファレンスである。プラグ・アンド・プレイ、AtWork、TAPIなど、ハードウェアとOSのインタフェースが複雑になっているので、その説明を行なっている。

Tech・Ed
 企業ユーザやシステム・インテグレータ向けのソフトウェア説明の場である。VisualBasic、ODBC、システムの開発事例紹介など、企業情報システムの開発にすぐに役立つ情報を提供してくれる催しである。今年からはアジア地区でも開催されることになり、香港で3日間のセミナーが行なわれる。

Microsoft Developer Network(MSDN)
 ソフトウェア開発者向けの情報提供手段として2年ほど前に作られた。年4回、様々な技術ドキュメントを収めたCD-ROMを配布している。最近MSDN レベル2が開始され、ドキュメントに追加して、OSやソフトウェア開発キットまで、低価格で提供されることになった。

Tech・Net
 企業のシステム部門向けの技術情報提供サービスである。毎月CD-ROMを発行し、技術情報Q&A、チュートリアル、トレーニングやセミナー用のスライドをPowerPointファイルで配布している。

Certified Professional(CP)
 技術者認定制度である。Word、Excelなどを担当するプロダクトスペシャリスト、OS系の技術を持つ、システムエンジニア、教育を担当する認定トレーナの3種類に分かれている。

Solution Provider(SP)
 マイクロソフトの認定業者で、エンドユーザシステムの構築を行なう。システム・インテグレーション、ソフトウェア開発、ユーザ教育、技術サポートが主な仕事である。マイクロソフトは、この組織に対して、デベロッパー・ネットワーク、およびテックネットを使った技術情報の提供、個別の問い合わせへの対応、共同マーケティング、ロゴ使用の許諾などの支援を行なう。CPとSP合わせて、家元制度と思えばよい。

認定サポートセンター(MSP ASCs)
 テクニカルサポートを行なう仕組みである。

認定トレーニングセンター(MSP ATCs)
 言語、OSなどプロダクトのセミナーを行なう仕組みである。

 この他、販売の分野では、パッケージプロダクトを販売する、ディーラ制度であるMicorsoft Official Dealer(MOD)、ライセンス販売制度License Pak、大手企業ユーザ向けに、最新のソフトウェアをCD-ROM提供するMicrosoft Selectなどの仕組みを作っている。

 昨年12月、ロサンジェルス近郊のアナハイムで、Win32APIについてのPDCが開催された。その4日目の夜、ビル・ゲーツはディズニーランドを貸し切り、参加者を招待してくれた。アナハイムのディズニーランドは2回目である。前回は1983年、ちょうど10年前、アップル・コンピュータの招待であった。当時、米国最大のコンピュータショウであったナショナル・コンピュータ・コンファレンス(NCC)が同じ場所で開催され、アップル・コンピュータがMacの前身Lisaを発表し、お祭り好きの2人のスティーブが1万人ほどを、これも貸し切りで招待してくれたのである。潜水艦、スペースマウンテン、アメリカン・ジャーニーとアトラクションを楽しみながら考えた。

 アナハイムのディズニーランドは、この10年間大きな変化はなかった。しかし、夢の王国の囲いの外にある、パーソナルコンピュータの世界は、10年間で様変わりしてしまった。何しろ、NCCの開催された広い会場を使い、マイクロソフトが単独で技術コンファレンスを開くのである。NCCの話題はLisaとVisiCalcのビジコープ社が発表したVisiOnというGUI環境であった。当時マイクロソフトはただのBASIC言語の会社であった。あれから10年、マイクロソフトがこんなに巨大になるとは、誰が予想できたであろうか。デジタル・リサーチ、ビジコープ、アシュトン・テート、ロータス、...みんなマイクロソフトになるチャンスはあった。しかし、勝ったのは、筋を通したビル・ゲーツだけである。そして、今、彼はマッコウ氏やNTTとの提携により21世紀の情報革命を標榜している。数年後、世界はビル・ゲーツの通信衛星で囲まれてしまうかもしれない。


#12「こんなノートが欲しい(上)」